霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

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霊的な問題をかかえていらっしゃる方は、ご自分が他の周囲の人と、どこか違うのではないかという不安を持たれていることが多いようです。

物事に対しての感受性が強いために、捉え方が極端になりやすい部分もあるかもしれません。

まるで自分だけが違うところにいるように感じられることにもなりかねませんし、根がとても真面目な方が多いですから、真剣に考えすぎてしまう傾向にもあります。

もう少し肩の力を抜いてもよいと思われることにさえ必死に心身を傾け、何かどうしてもやらなければいけないというような義務感と、とにかくやらなければとストイックなまでに気にかけすぎてしまい、

その義務感に縛り付けられてしまう結果にならないようにを責めすぎることないように、自分にやさしくしてあげることを心がけてください。


加藤眞澄
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by dimension-shin | 2007-05-30 16:02 | 精神世界 | Comments(0)

帽子の夢

ある女性の方の見た夢です。

夢の中で親しい友人たちと海辺のレストランで楽しく食事をして、友人の家に戻ってきたとき、友人の家も個性的なので「ここもレストランにしたら?」と友人に話したら、

家はここから先が落ち着けるところだからこのままで良いのよ!と言われ、

さらに家の奥にある広いリビングに素敵なパステルカラーの帽子が3点、飾って置いてある。

そのうちの一つをかぶってみたが、どうにも自分の頭には大きすぎる、何度かかぶり方を変えても帽子が自分の顔をすっぽり隠してしまう。

かぶることをあきらめたとき、ため息と共に夢から目覚めたという話。
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この夢を見たご本人は、とても好奇心の旺盛な女性ですが、常日頃も人の心配をしたり手伝ってあげたりと一生懸命なのです。いつも忙しく人にも頼られています。


そこでこの夢は、レストランの楽しい食事は人との交際をあらわしますが、友人の家をレストランにしたらというのは、落ちつく場所が欲しいと望んでいる友人に対して、少し心配をし過ぎている様子を見せられています。

そして素敵な帽子なのに自分に合わなくてどうしてもかぶることはできないのは、人の考え方は自分とは違うということをあらわしています。この夢で帽子は考え方をあらわしています。

人のことを心配し手を差しのべてあげることはよいことです。けれども自分の考えもすべてが人に伝えることが不可能なように、いくら親しくても人の考えをすべて理解することもまた不可能です。

この女性は人からいろいろ頼られごとをされて手伝っているうちに、自分の生活を少し置き去りにしてしまっていることをこの夢は知らせています。

自分のために自由な時間をつくることが必要だということです。

ちょっとしたゆとりが自分にしあわせをくれるものです。           
                 

  加藤ますみ
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by dimension-shin | 2007-05-24 11:19 | 夢・ゆめ | Comments(0)
やはりここ数年霊的な感性(スピリチュアルな感性)の高い方が増えてきています。

 このことをお話しますと霊能者になるのはイヤ! という捉え方えをされがちですが、そうではなくて一般的に本来眠っていた霊感が目覚めてきたのです。
ただどうも霊感というと、お化けや霊の世界から逸脱できないイメージがあるようで、スピリチュアルな感性が高くなってきましたとお話したほうが、怖くないのかもしれませんね。

 情報も科学も物質面ではすべてカバーできそうなこの時代に、内在していた感性が動き出してきた理由は、物質面や科学の力が先んじてきたからだと思います。
携帯電話やパソコンだけでも次から次へ新たな機能と新商品の発売など。猛スピードです。その半面スローライフが注目を浴びていますが、 走れ~! 止まれ~! と言われて、普通に歩けというような中間が薄れているような感じです。

それをケアしてつなげてくれるのは心です。心は奥底深くのスピリチュアルな感性の存在です。時代の急激な変化により高次元なスピリチュアルな感性が必要とされているのです。

 そのために感受性が強い方はでてきた能力のスピリチュアル性に悩んでしまうこともあります。
いちじるしく迷されることもあるかもしれません。
そこで能力者も増えてくるのだと思いますが、霊能者やスピリチュアルカウンセラーもどこに相談すればよいのかもわからないというお話もよく聞きます。

何事もそうですが、人や物事に出会うことは縁がつながります、人任せにしていればそういう縁がつながります。前向きに考えられるのなら、心とか精神世界の本などにいくつか目を通して、知識の情報を得ていかれること、本は見ながら操作するパソコンとは違う世界でもあります。a0097419_10511967.jpg

あとはホームページなどで情報をとらえていくことは大切だと思います。それだけでもかなり落ちついてこられる方もいるでしょうし、精神世界自体は怖い世界ではありませんし、心を豊にしてくれるはずです。

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by dimension-shin | 2007-05-22 10:54 | 霊的な日常 | Comments(3)

報道の角度


マスコミやニュースの報道は常に情報をキャッチして、できる限りの正確さをもっていち早く伝えてきます。

私たちはそれをテレビやインターネット、新聞などを通してで知ることになりますが、ここのところ親殺し、子殺し、立てこもり事件など頻繁におこっています。

あきらかに霊的な悪意識にとり憑かれていると思われる事件も多いですが、本人の我が強すぎて押さえが利かなくなってしまうのです。

自分の意識を乗っ取られてしまうような状態になってしまうようです。

しかし、事件などのニュースを目や耳にしたときに、「またか! 嫌な事件だな! 何とか辛い事件を無くす事は出来ないものかと思いますが」、逆に「もしかしたら自分も悪いことをするのではないか」という思いにかられる人もいます。

霊的な感受性の強い方は、ともすると自身の気持ちがそういう悪い意識に引っ張られるのではないかと重く受け止めてしまい、気持ちの中に連鎖されて、もしかしたら自分もそうかも知れないと責める方向になりやすい人もいます。


なるべく冷静に、ニュースやマスコミで情報をえた事件と、自分とは違うことを気持ちの中できちんと振り分けて心を守るべきです。事件によっては報道が詳細にされすぎていることにより、痛みや、感情、憎悪を増幅させている場合もあるように思います。

悲惨な事件を知って心を傷めている人のほうが多いのですから、「心強く」善き思いの連鎖を育てることは大切です。


報道も過激すぎることばかりではなく、もう少し人の心をしあわせにしてくれる素敵な話題を増やしてくれると良いのではないでしょうか。


               
  加藤眞澄
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by dimension-shin | 2007-05-18 09:15 | 矛盾 | Comments(0)

純粋な魂

最近の子供さんは頭も良いし、おしゃべりも達者です。

少子化でもありますから子供さんの教育にかける時間も多いと思います。

知人の子供にも会いますが遊ぼうという好奇心と元気さはいつの時代でも、成長力を感じています。

霊的な感覚で思うことは子供は常に純粋ですが、最近のお子さんももちろん、とても純粋で、しかも魂のレベルではいわゆる過去世にさまざまな体験をして磨かれてきている魂が多いと思います。

人の痛みを理解できる、思いやりがある、強さがある、愛を知っている、とても容量の深いものを持っていると感じます。

純粋であるがために、人間的な生活と社会の中において、成績重視されたり物質的なことばかりに比重がかけられたりするとまず人間的にバランスを崩しはじめます。

魂のレベルが高くても、純粋であるがゆえに社会の物事への判断が流されてしまい、自身をとらえることができなくなります。

気持ちの居場所がないような状態で、その状態が続くと心と意識をつなぐ精神的な存在の霊的な自分が傷ついてきます。悪くすると、その弱ったところに霊的なものが憑くということになります。
ニュースでも親子のトラブルや、傷ましい事件沙汰が増えています。

親御さんも社会生活についていかれることで必死だと思いますが、子供さんも純粋であるがために、あえて言えば「いまは特に霊的に暗雲が立ち込めている時代です」「心をつなぎとめていかれる会話とふれあいを大事に考える」べきです。

子供さんにどのように接していいかわからないと思う方は、ご自分ならどう接して欲しいのかを想像されて心から伝えて行くことが必要ではないでしょうか?親子で空を見上げて深呼吸する・・・・・・。そんな時間はとても大切ではないでしょうか。

純粋すぎることはとても傷つきやすいことでもあります。

魂と呼ばれる世界で磨かれてきたからこそ、この社会で耐えられる精神的な力もあることを信じられますように。


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by dimension-shin | 2007-05-17 10:50 | 精神世界 | Comments(0)
病院にもよりますが漢方薬は症状に応じて処方してくれるところが増えてきました。

病によっては漢方の効き目があきらかにされてきたのでしょうし、化学薬と併用してもあまり問題がないことも要因かもしれません。

薬が与える影響としては病気の症状であきらかに起こっていることに関して、熱が高い痛い、苦しいなどへの対処は科学薬が最短距離で効果が現れることは当然だと思います。命を守るために、次から次へ医薬品が開発されています。

漢方薬では最近のCMで「未病」という言葉が使われていますが、確かに早めのケアで病をかなり癒せる効果があると思います。もちろんお医者様ではありませんからどれがよいとはいいきれませんが・・・・・・。

私自身化学医薬品のおかげでも何度も救われてきました。

漢方も癒しの力をそなえています。傷ついた表面的な肉体を癒し直してくれる力を持つのは科学医薬ですが、同時に表面上は見えませんが霊的な体(霊体)を癒してくれるのが漢方薬なのではないかと思います。

霊的なというと憑いている霊に効くの?と勘違いされるかもしれませんが、そうではなくて人間が持つご自分の霊体ととらえてください。


ヨーロッパではハーブが民間療法で使われているように、漢方も体の奥深く心や霊性を癒す内面的な部分のケアを手伝ってくれるのではないでしょうか。


「病は気から」といわれるように内的な心の癒しはとても大切なことだと思います。

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   加藤真澄
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by dimension-shin | 2007-05-16 10:42 | 霊的な日常 | Comments(0)

感情


感情的になる、感情を左右される、感情が湧きあがる、頭では理解ができても感情がおさまらないことなど、理性といわれることとは別の言葉であらわされているのが感情です。

感情は顔の表情によくあらわれる人もいますが、あまり外見には出さない上手な人もいます。

霊的にみると感情は「人間的な自分自身の気持ちと霊的な自分自身との間にあって」、通路のようにつなげていく役割とクッション的な役割を持っているのです。


もし何かの理由で話をしている相手に対して腹立たしくなるようなことを言われたとして、感情的になってしまった場合に、感情をおさえることでその場を切り抜けたこともあると思います。
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それでも、しばらくはそのことに捉われたり腹立たしい思いにかられたりもします。

けれども時間がすぎて落ちついてくると、そのときに感情をむき出しにしなくてよかったと思えてくるものです。

霊的な感覚で捉えていきますと、「自分の霊的な心と人間的な刺激のはざま」で、感情というクッションで常に守ろうとしているのです。

辛すぎると感情だけではおさめることが出来なくなり傷つくことにもなります。

そして感情は霊的な自分と人間的な自分をもつなぐ存在(通路であり、クッションでもあると例えましたが)でもありますから、霊感の強い人、感受性の強い人にとっては、話している相手の言葉に感情が動かされて相手の霊的影響を深く受けてしまうこともあり、必要以上に反応してコントロールがし難くなることもあります。


微妙な感情の変化は自分の心の守り役でもあります。




               加藤眞澄
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by dimension-shin | 2007-05-13 11:00 | 霊的な日常 | Comments(0)
追いかけられる夢はいくつかの理由がありますが、
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・現状の中に焦りがあるとき
・課せられた重圧から逃げたい、または逃げているようなとき
・忙しさからのストレスで不安が溜まっているとき
・目的や目標から離れていく状況を含んでいます。


人生は一生懸命に積み上げられていく問題を日々の生活でこなされて行かなければなりませんから、その中で気付かないうちに目標や試練に立ち向かっているはずの自分が、逆に追いかけられているような状態を霊的な存在が夢という形であなたに伝えてきているのです。


霊性と霊的守護があなたを精神的な側面の一部を、つなげて支えている事を、心に力強く働きかけてくれるために夢という存在があるのだと思います。

反対に何かを追いかける夢は、ご自分の目標に向かっていることは確かですが、追いかけても追いかけても手が届かない、たどり着けないような場合には、思いと、気持ちと現実がともなっていないことになります。


将来の希望に向かっていくために気持ちを再確認して安定した自分を取り戻していくように霊的なメッセージも込められています。


追いかけることは正義をあらわされていますが、追い続けてももしドンドン引き離れていく夢ならば、いまは無理に追い続けるべきではないことを示唆しています。

ゆめは間違った方向へ行かないためのメッセージでもあります。               





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by dimension-shin | 2007-05-12 14:25 | 夢・ゆめ | Comments(0)

階段を降りる夢


一般的に階段を上る夢であるなら、あまり違和感を感じることはないでしょうし、上がっていく印象自体が心地よいことが多いです。

急スピードで上がっていくときに、恐怖感を覚えたとしたら、実際の生活で、精神的に一呼吸おくことを望まれています。

長い階段を下りていく夢は心が、過去のことに捉われすぎていることをあなたに伝えています。


暗い階段を下っていくゆめは気持ちのよいことではありませんが、自身が過去の状況や経験にばかり思いを縛られるかのように気持ちの歪みをあらわしていることもあります。

それに気付いていくための霊的な示唆でもあるのです。

もう一つのとらえ方としては、夢は未来へのためにも伝えていますから、恐れることはありません。

夢は現実の世界と心や霊的な精神世界をつなげてくれるための「反応」でもあり人生を豊にしてくれる存在ではないでしょうか。



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                 加藤真澄
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by dimension-shin | 2007-05-11 14:18 | 夢・ゆめ | Comments(1)

車に乗っている夢


車を運転して走っている夢をみたときには、どこを走っているのという事も意味をもちますが、普通の道路もしくは高速道路を順調に車が走り快適な運転ができているのであれば、人生の進むべき道が正しいことをあらわしています。夢の中ですから、車の速さは現実的に走る速度とはまったく異なり、「とても遅かったり、逆にものすごい速さで進んでいる」こともあります。


スピードが速すぎる場合に、ハンドルを握るあなたと「車と速度のバランスがとれていなかったり、速すぎて怖い」と感じたとしたら、それはあなた自身が現実的な生活面においてのあせりや、急ぎすぎることへの注意をうながしていることになります。

ある方がみた夢は、「車に乗っていて、本人は助手席に座り運転席では違う人が運転していて、楽しく乗っていたら目の前の小さな木にぶつかって、池の中に車ごと落ちてしまって腹をたてている夢」をみた人がいました。


落ちた車は何人かの手助けにより、池から上げられましたが、汚れていたのです。


この夢の中での出来事は、「車は自分自身をあらわしています」。自分の人生のハンドルは自分が握って運転してかなければなりませんから、人任せにハンドルを預けていてはいけないということでもあります。

この夢をみた人も思い当たることがあり、仕事も家庭もつい誰かがやればいいんだと、人に押しつけていた傾向があったようです。


腹が立っていたのは自分自身への注意です! 車を池から出してくれた何人かの人は、霊的な守護を教えています。


今回お話している車は自分自身をあらわしていますが、車がガイド役であったりするケースもあります。ゆめは精神的なしあわせへのメッセージでもありますから注意深く受け止めてみてください。



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 加藤真澄
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by dimension-shin | 2007-05-09 11:01 | 夢・ゆめ | Comments(2)