霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

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自分を見失わないために


自殺者は増えていますが、インターネットで広がった自殺方法で練炭も流行りましたが硫化水素を使って自らの命を奪って、毒ガスが発生しますから周囲の人たちまで巻き込まれてしまうことになります。

人も巻き込むかもしれない死に方ですから罪が深い。

自殺の仕方まで流行があるのかと思いますが、自殺ということ事態にも抵抗が薄れているのかもしれません。

人と霊との境は肉体があるかないかです。

けれど途中で命を断ち切ることはその距離がとても長くなってしまうことにもなります。

死んだ後のことを考えないで「命」を無くそうとしていることは短絡的ではないでしょうか。

反面わが身、わが心の居所が何処にもなくて、だから自殺をしてしまう、そういう時代に育ってしまったことに対しても同情もしてしまいます。

それにやるせないのは、小学生や中学生が自殺をしていくことです。

大人が穢れきった社会に行き場を失い、世を果敢なんでしまうなら、情けないと思いながらも「生きてきた結果が、そういう選択をしたのか」とも思えますが、小学生や中学生ではあまりにも生きることの意味ももたらされないままです。  
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大人の世界の価値観が未だ冷えきっている部分もあるのかもしれません。

それは大きな流れの中で、抵抗し切れないことも多々あるかもしれませんが、意識の向上ということ自体、考え方思い方が意識のつながりとなって空気のように空間エネルギーとして伝わって社会の心の温度が変化していくための一端になることを願っています。

良くなろうとする思いが同じであれば心の空間でかならずリンクされていきます。


そして、これからの世の中においてご自分を見失わないようにしていくためには

あせりのない人
自分を取り巻く環境に満足できる人
仲間意識が高い人
感情が豊かではあっても感情的にならない人

このように感覚意識を転化して考えていくことが、幸運につながっていく方法ですし、しかも自分だけの方法ではなくて、全体的に波及していくようなエネルギーを携えていくことになるのです。

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by dimension-shin | 2008-05-27 12:40 | こころ | Comments(0)

精神世界の時代へ

心は思うこと、感じること、想像力など、人間の内面を支えてくれる大切な存在です。

そのために次の進化のフィールドは物質的世界の進化重視から精神世界という内面の段階を重視する流れに入らなければならない大切な時代になるのです。

いま流行の言葉で「チェンジ」されていく流れです。
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破壊と構築が繰り返されて歴史は成り立ってこれたのかもしれません。

過去において何度か地球人類が滅亡している説があります。

人の世界がこのままの状態で外面だけが慢心していくとしたなら、悲しいかなそれも現実ありえることにもなりかねません。

精神世界と聞かされたときに、もしかしてそれは宗教性があって皆が祈ったり、教えを学んで信仰して崇拝して、内的に幸せになるのか?、そんなことは過去の遺物だという考え方でみられてしまうことです。

精神世界と言われる世界には宗教もありますし、篤く信仰行されておられる方もおられます。そして宗教が過去において多くの魂を救ってくれたことは言うまでもありません。

ただこれからの精神世界は、霊や神を、形にした存在としてだけではなく自分自身の体と心(意識)を伝わって感じとるスピリチュアルな体験に感性を傾けていかれる変化の時代に入っていくことにもなります。

霊的に目覚めて来られている方も増えています。

ただしそれ自体に戸惑って悩んでいる人もいますが、徐々に受け入れていくことが必要な時代ですから、不安に苛まれないように、そして一人だけの現象ではないことを知っておいてください。

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by dimension-shin | 2008-05-25 21:26 | 精神世界 | Comments(2)
日本は神国として成り立ってきた歴史もありますが、今もなお続く天皇制も過去においては現人神とされてきた国です。

戦後は人間宣言されましたが、皇室ではいまも毎日のように神事が行われ国の平和を祈られている国でもあることはご存知の方も多いと思います。

もちろん権力的なことは一切ありませんが、皇室は続いていかれることでしょう。

ここでひとつ考えていかなければならないことは、今までは日本と国民を守っていくために大義でもある「国の魂」が存在していました。a0097419_953627.jpg

今もそれは変わらずにいてよいのです。

けれども、日本人の「心 霊  魂」はあまりにもゆだね過ぎてしまってきたのではないかと思うのです。

守ってくれるという国のもつ独特の性格かも知れませんが、個人的にも神様が守りつないでくれるという概念に縛られがちにもなっているのではないでしょうか。

ゆだねるというのは見えない世界が 「神や魂や霊と人」 の世界をいつしか守ってくれる神事の国だから神社もお寺もあるからそこへ気持ちを置くことが救われるというように、
守り守られるために素晴らしいところが山ほどある国ですが、その素晴らしさに気付いていない人が多いのかもしれません。

 神 霊 魂を支えてくれる存在として心をもっと育てて行かなければならない時代ではないでしょうか。

立派になることは勉強も知能も礼儀も知らなければなりませんが、ご自身の内面にあるスピリチュアルな見えない部分の心を先に動かしていかれるべき時代でもあるのです。

この国は高い精神性で守られてきましたが、神や神事や宗教を肯定や否定をすることではなく、自身の心に「神性」の気付きを発見し安らかな本質に取り戻されていくことが大切です。

       



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by dimension-shin | 2008-05-22 09:53 | 精神世界 | Comments(0)

昼間でも暗く感じる

ご相談でいらした方の中でも、お仕事はしていても周囲の感覚意識が伝わりやすいために、まるでエネルギーが吸い取られたように、しんどいとかだるいと感じられる人もいます。
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それに病気ではないけれど、昼間でもなんとなく暗く感じたりする人もいますが、直接に霊を視るわけでも無くても、何かご自分の前に影が存在するような状態で視えているのかも知れません。

気を入れて浄霊していくと、「目の前が明るくなった、さっきまでとても暗かったんです」と言われる人もおられます。

先日いらした女性の方は浄霊後「明るくて呼吸がしやすくなって、眩しすぎる」と大げさとも思われるくらいにおっしゃっていました。

霊的影響がなくなると急に視界が開けたように感じられる方もおられます。






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by dimension-shin | 2008-05-17 17:45 | 霊現象 | Comments(0)

犬も霊が視えるのです


あるご相談者の女性がお家で飼われている犬が、

たまに部屋の一点を見つめて「ジッとして動かない」

「誰もいない部屋で吠えている」

「来客によっては帰るまでジッとしていない」

など普段でもとても敏感です。動物は人間以上に感性が鋭く、犬笛もそうですが人には感受できない波長を感じとってしまうこともできます。

ある日、その犬が「部屋の隅を見てから尻尾を下げて怯えるように、テーブルの下に入ってしまった」そうです。

「それも両手を使って目を塞いでしまう始末でした」とご相談されたことがありました。
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数日続いたそうですが、
「家に何か悪いもがいるのでしょうか?」と聞かれましたが、

「悪いものには感じられません」とお話しすると、
その女性も「実は私も悪いものには感じなかったのですが、大きな犬がこれほど恐がったことは初めてでしたから驚きました」。

むしろ強く家を守る意識が感じられてきましたので、このご先祖の守護霊がそこにいて守っていられたようです。守護と交信してみると、理由はどうもこの家の外にあるようです。

「守護がいた部屋の方角の外で少し離れたところですが、
小高い山を崩されていく風景と、昔そこに墓やお祀りされていたことがあったらしく、そこを崩していくことで気の流れのように、家に影響が出ないようにしばらく守られていたようでした」とお話したことがありました。

霊的な動きを、犬ははっきり視ていたのですね。

*恐がっていた数日間でもしっかりドックフードは食べていたそうです(笑)



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by dimension-shin | 2008-05-13 11:29 | 霊現象 | Comments(2)

人のためにしてあげた

自分は人のために、これだけのことをしてあげたのに、相手は何もしてくれないとか、人のためにあれもこれもしてあげたのに・・・・・

そう思わされることは長い人生の中ではあるかもしれません。

けれども人に何かをしてあげても、相手が自分の思うようにしてくれなかったり、意見が食い違ってきたりということもあります。
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人のために良かれと思ってしてあげても、「してあげた、してやった」という感情が強いと苦しくもなります。

けれどももしかしたら自分の心の視点と違うところで、相手の人からたくさん助けられていることも気付かないでいるかもしれません。

それにもしも、その相手の人が何もあなたに返すものが(心)無いとしても、人のために本当に無償の心でなすべきことをしたときには、必ずまったく違う人からでもそのお返しの心はいずれ戻ってくるものです。

因果はめぐるといいますが、良いことも必ず姿を変えて巡るものです。

一人の人に留めてふりまわしたりふりまわされたり留まってしまうと気持ちががんじがらめになってしまいます。

スピリチュアルな内面は自分自身の考え次第でどんどん変化されていきます。魂を磨くか曇らせてしまうかは心の置き方次第でチェンジされていきます。

何事に対しても、悪くしか捉えなかったり悪いところ探しに努力しすぎてしまうと、悲しいかな悪意を持たない人まで自分にとって悪い人という見方になってしまうことさえあります。




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by dimension-shin | 2008-05-08 14:58 | こころ | Comments(2)

日本


日本は神国として成り立ってきた歴史もありますが、今もなお続く天皇制も過去においては現人神とされてきた国です。

戦後には人間宣言されましたが、皇室ではいまも日々に神事が行われて国の平和を祈られている日本という国であるのはご存知の方も多いと思います。もちろん権力的なことは一切ありませんが、皇室は続いていかれることでしょう。

ここでひとつ考えていかなければならないことは、今までは日本と国民を守っていくために大義でもある「国の魂」が存在していました。今もそれは変わらずにいてよいのです。

けれども、日本人の「心 霊  魂」はあまりにもゆだね過ぎてしまってきたのではないかと思うのです。
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守ってくれるという国のもつ独特の性格とでもいいましょうか、個人的にも神様が守りつないでくれるという概念に縛られがちにもなっているのです。

ゆだねるというのは見えない世界が 「神や魂や霊と人」 の世界をいつしか守ってくれる神事の国だから神社もお寺もあるからそこへ気持ちを置くことが救われるというように、守り守られるために素晴らしいところが山ほどある国ですが、その素晴らしさに気付いていない人が多いのかもしれません。

 神 霊 魂を支えてくれる存在として心をもっと育てて行かなければならない時代ではないでしょうか。

立派になることは勉強も知能も礼儀も知らなければなりませんが、内面にあるスピリチュアルな見えない部分の心を先に動かしていかれるべき時代でもあるのです。

神や神事や宗教を否定することではなく、自身の心に「神性」の気付きを発見し安らかな本質に取り戻されていくことがたいせつです。



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by dimension-shin | 2008-05-05 14:59 | 精神世界 | Comments(1)

真理


たとえば宇宙というのは真理の上に成り立ち、叡智をつくり上げていくために、たえまなく活動し人からみると計り知れない真理で動いています。銀河系も地球も人もその中の一部で生きている以上は「真理」を否定することは不可能だと思っています。

個人的には霊も神も信じていますし、時折お参りにも出かけますが、どこにも属してはいません。

また信じないでお参りも行かない人が不幸になるとも考えてはいません。

本質的なことは信じていれば救われるものではなく、自分自身の体と心と霊体が魂から見出されてきたこと、そしてその魂は宇宙の一部の存在であること。その魂は宇宙において大切な真理を守っていくために叡智を養い続けていることを目的としている世界から地球の地上に生まれて、そして今ここにいることを我が身の内面である奥底の魂からいつも発信されています。
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大事なのは、信じる信じないの問題ではなく「事実を純粋に知りつづけていく」心の視点です。

自分を愛することができるのならそれだけでも充分です。自身に思いやりと分別があれば、人にもそのように接することができるからです。

自分を愛していくことはナルシストに偏りがちになりますから、家族愛や恋愛、動物、美しいものを通して経験して真の自分をつかんでいくことができます、

「心」のように見ることのできないことを確認して、自分の存在を見極めていくためには人によっては宗教であり、瞑想であり、大自然とのふれあい、などさまざまであって良いと思います。

人の悪心に振りまわされたり、人生を大きく左右されることもあります。その中でどう対応していくか、弱いところは流され気づいたときには、思うところと反対方向へ人生が進んでしまうこともあります。

それらは人を恨んで争いごとを始終起こすためではなく、争いごとのために費やすエネルギー、悲しみ、痛み、双方に生じる悪心の無駄を知らされることになります。

辛すぎる人生の中に、宗教性やスピリチュアルな心の宿もとても大きな役割をもっていますが、今これからの時の流れは、上を見上げてきょろきょろと神様を探すようなことではなく、上を見上げようと目を閉じ瞑目していようと、そこに神性があることが重要な時代になっていきます。
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by dimension-shin | 2008-05-03 11:21 | 霊的な日常 | Comments(1)