霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

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ラップ音


ラップ音やラップ現象から、電気製品の持つ電磁場に影響が起こってきたとき
ラップ音は「ピシッ! パシッ」 という音がはっきり聞こえる現象で霊的なものが物質を抜けていくときに起こりやすい現象でもあります。

それがエスカレートしてくると、電気製品など電磁波が出るものに大きく影響をしてくることもあります。
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新しい土地に住み始めたときにこのような問題から、いろいろな現象を引き起こすこともありますが、その土地だけの影響ではなく外部からの霊的なものが作用してくることもあります。

誰かと会って家に帰ってきてからそのようなラップ音が始まることもあります。

対処法としては、なるべく早く浄化をしていくことを考えて、まず部屋の一ヶ所に塩だけでもお皿に盛って、水をコップに一杯置いて、出来ればお香を一つ焚いてください。

部屋のマイナスなものを早くプラスの気に転換していかなければなりませんから、近くに神社があればおまいりをしてみたり、目にきれいな景色や花や緑を心がけて見にいくようにしていくことも、プラスに切りかえていくことの方法です





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by dimension-shin | 2008-09-30 10:09 | 霊的な日常 | Comments(0)
亡くなった親戚や友人の方が、夢に姿が現れたり夢の中で話をしたりすることもあるかもしれません。

夢の中で亡くなった方と会っているときに、楽しい夢なら亡くなってからもまだ一緒にいたいという気持ちが残って、楽しい会話や思い出を共有し感謝と喜びを伝えて来られています。

けれども夢で出会ったときに悲しそうであったり、表情や感情が伝わってこないようなときには、まだ亡くなったことに気付いていないか納得していないのかもしれないのです。
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もしそういうことが続いてくるようであれば、寝る前に亡くなったその方の名前を思い浮かべてください。

次に声に出す必要はありませんが、

「自分では貴方のことをこのように思うことしか出来ないけれど、どうぞ悲しまないで苦しまないで、貴方が幸せになるための方法を出来る限り祈っています」

という思いを伝えてください。供養とか浄化法は切り離していくことだけを考えるのではなくて、受け入れて考える必要もあります。


       

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by dimension-shin | 2008-09-27 11:13 | 霊的な日常 | Comments(0)
医学的には右脳と左脳に別れて体全体の機能を動かしていることがはっきりしていて、右脳は直感的なことを重視していく役割で、左脳は論理的思考を担う役割があると言われています。

霊的に右と左を分けていくと、脳ではなくて体の右側は神様ごとが影響が出やすく 体の左側は霊的問題や先祖ごとが関わっている場合があります。

右側全体が神様ごとというのは神様がついているとか、神に祈らないからという意味ではなくて、いま私がお伝えしている神ごととは自分の「魂」ごとが大きく右に影響として出てくることが多いと言うことです。

体の左側の霊ごとや先祖ごとというのは自分の「霊体」も関わるのですが、霊的問題、因縁や霊障が現れやすいと言うことです。だから左側に不成仏霊が表されやすいことがすごく多いのです。

すべてがきちっと右左に当てはまるわけではありませんが、そういう確立が高いことは経験上あります。

特別に感じない人は自分の霊体と自分の魂のバランスがとれていることになります。
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ただ人は感覚や感情、それに外部からの霊的な影響も受けてしまうこともありますから、常に同じことではありませんが気にかけていくことでバランスが整ってくることができます

いまお話しましたように右は魂を感じとることができ左の感覚で自分の霊的状態を感じ取ることができるのです。

けれどもそれをそのままにして意識しなければ、自分の霊性も魂も見出せないままに、ただ右と左があると言うだけで終わってしまいますね。

潜在意識は頭脳だけではなく、自分の魂とか霊性の中に組み込まれているものです。

だからこそつらいこと悲しいことを体験した後に、自分でもよく乗り越えたなとか今の自分は一回りも成長したように感じられることがあるように、それが魂と霊体の成長でもあるのです。
現実的に体験した出来事は霊体と魂に常にリンクされています。

自分自身の肉体と霊体と魂と判別することは難しいようですが、こうしてご自身の左右の状態から霊体と魂のバランスを感じとることもできます。

心がナーバスになりすぎてしまう人は左右のバランスを崩しているかも知れません。



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by dimension-shin | 2008-09-24 14:49 | 精神世界 | Comments(0)

一般的に宗教は人の不安や心のよりどころ、宗教の教えとそこに集まる信者の人たちとの交流に救われる思いで一筋の光を求めて行かれるのでしょうし、見えない世界への案内や指導役となってくれることが宗教の役割として最も大きい部分ではないかと思います。

経典や教義も大切な役目を担ってきたことは偉大な功績が宗教にはあることは確かです。

けれども宗教にもよりますが、奉仕で宗教のお仕事をされてお仕事の休みの都度に役目を頼まれてしまったり、都合が悪くて断ると理由まで聞かれたり、風邪を引いても奉仕が足りないからだと言われてしまうことさえある。
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そういう方も中にはいます。そして考え方が少し違うようで、その宗教から離れて行きたいと話すと「不幸になっても知らない」いままで仲良く親しかった人まで「もし辞めるなら今後は付き合わない」といわれたりすると、なかなか辞められないと言うケースも多くあります。

それぞれ宗教は沢山ありますが、宗教の本質というのは迷い悩んでいるときに霊的な心の支えにもなって少しでも楽に開放させてあげる役目が重要であって、本来は特定の宗教からそろそろ辞めて行きたいという人には自由に解放してあげることが本質であるはずです。

当然戻って来たいときにも、自由に受け入れていかなければいけないはずの世界ですが逆に信者さんを縛りつけている結果になっていることも実際にあります。

これからの宗教も精神世界も自由に変化していかなければならない時期が訪れています。


企業も社会全体もそうですが、ベンチャービジネスの崩壊が世界でも起こっていますように、今までの考え方では次世代では役に立たなくなってしまいます。

霊的な進化もしますが、人間的な進化は当然起こりますから何を信じるかよりも、まず自分が自分で信じられるか、自分がどこにいるかをしっかりと認識できる人でありしっかりした魂を持たれている人が時代のさきがけとなっていくことになります。


要するに、学歴だけでもなく、財産だけでもなく、家柄だけでもなく、宗教だけでもなく、人を苦しめることでもなく、自分の本質が重要視されてくる時代にすでに入ってきています。

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by dimension-shin | 2008-09-20 22:07 | 矛盾 | Comments(0)
人の目から遠ざかっていたい
人と関わりを持ちたくない
人にとやかく言われたくない

裏切られたくない、勝手なことを思われたくない、どうせ真実からかけ離れているのだから
話題にもしないで欲しい、おもしろおかしく人のことを噂話をしないでほしい

人とのお付き合いの中でこのような感覚が邪魔をしているのなら、人はそれぞれまともと言い切れることが無いために周囲の話に花を咲かせるのではないでしょうか。
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ある方が、うちの家族は自分以外はギャンブル、借金、家庭問題、喧嘩、離婚、仕事を辞めたりまた違うことを始めたりなど、問題ばかり起こすと嘆いていたのですが、そのご本人も何年か前には離婚もしていたり、子供を手放していたり、借金や病気に悩まされていたりしていたのです。

順を追っていくと人はそれぞれ順番に問題を抱えてくる時期もあるということと、そういう時期には友人でも「あの人今大変なのよ」というくらいことは誰かに話をするかも(率は高い)知れないのです。

常に平穏無事にはいかず、何か苦労はないとしても今度は苦労がないことで悩みだすことさえありますね。心が必要以上に痛み苦しむときには心霊のバランスが崩れているかもしれません。

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by dimension-shin | 2008-09-18 10:26 | こころ | Comments(0)

心の問題を抱えている人が増えていますし、自殺する人が年間に3万人もいます。

このごろは大きな悩みではないけれど本当に自分がわからない、どうして存在しているのか存在の意味、何をして過ごしていいのかさえ不安に捉われ、物事にも疑心暗鬼になってしまう。

たとえば戦争に行って無事に戻ってこられたとしても心の傷や不安は拭い去ることが出来ないような、はっきりとした事実があるのなら原因と結果が明らかです。

けれども原因も特には見当たらずに苦しみや追い込まれた不安があるのなら、心、霊、魂にとても深く関わることが問題なのかもしれません。

ご自分を裏側から(内面)観察していかなければ、答えが見出せないかもしれないのです。

心は表面的なことを受け止める役目と内面の自分自身との大切なつながりの出入り口ですから、表面の出来事だけにふりまわされず、

また内面でこもりすぎないようにしなければいけないのですが、ときどき心の扉の間口が狭すぎたり、霊的な奥行きに気づかなかったり、いつも見えているわけではありませんが、魂の自分の存在を感じとる、それが難しければ思いをはせてみることでもよいです。

死ぬことまで考えてしまうと言うのは柔軟性をなくしていることでもありますし、死にとらわれて他に何も考えられないことにもなります。

「何となく死にたくなる」

という女性がいらしたときにオーラで言えば暗いグレーに覆われています。
霊的にいうならその女性に沢山の霊体が助けを求めてすがっていた状態です。

お話をして浄霊して行くと、「あ~、目の前が明るくなっています」「夜から昼になったようです」といわれました。

極端ですがこの女性はそれほどまでに霊的なものを呼び込んでいたと言うことです。


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by dimension-shin | 2008-09-16 15:37 | こころ | Comments(0)

霊聴


仕事中も、町を歩いているときもスーパーで買い物をしているときレストランで食事をしているときにも「あの人よ、何でこんなところにいるんだ」とかいわれていた。
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軽蔑されているようなときどき、町を歩いていても「バカといわれる声がする」など・・・・・・・・

どうせ自分はダメなんだと思いこんでいたが、友人に相談すると思い違いじゃないのとなぐさめてくれるだけ・・・・・・・・・・・・

けれどもある日、職場でいつもと違う部署で担当させられた仕事をしていたときに「何をやってんだバカヤロウ!」と大きな声が聴こえた。またかと振り返るが、ここは部署も違うしたまたまお昼休みで数人いた仕事仲間はみな外に出ていた。

自分一人、それに声の聴こえてきた後ろは窓だけ・・・・・・・それにそこは20階のビルでした。

こうなると人為的ではないことがはっきりしたときにはじめてはっきり気づいたという人もいます。

疑いはするもののもしや霊的現象とは認めたくないというのも正直な気持ちだったそうです。







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by dimension-shin | 2008-09-12 11:56 | 霊現象 | Comments(2)
人生が思い道理に少しでも上手くいかないことがあると、上手くいかないのは他人のせいだと考えてしまうことはあるかもしれません。

本当に誰かのせいであれば、一瞬もしくはしばらくの間はそう思うかもしれないし、気持ちの中にひきずってしまうことはあるかもしれません。

そういう自分の気持ちと戦っていくことも生きるための一部であるかもしれません。

ここであくまでも例としてお伝えするのですが、何十年も不幸な出来事を相手のせいにして恨んで、憎んでいたとしたら、それも誰が聞いても明らかに恨んでいる者のわがままさだけで人を恨み続けているとしたら、人から見ると悲しいし哀れです。

「常に誰かのせい、何かのせい、自分はまったく悪くない」

他人の忠告などきかないし、自分は「だれそれのせいでこんなに不幸なのだ」と思い言い続けていると、周囲は当然その人への信頼は失せてしまうでしょうし
、何かにつけて同じように「あなたのせいよ」と言われたくないですから、徐々に離れてしまうか話を合わせてくれるかもしれませんね。
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もう一つ、これを霊的な側面から視ると、人のせいにしてなすりつけて、恨んで、憎んで「他人が悪い、あの人たちのせいだ」と言えているうちは、まだの少し救いはあるかもしれません。

しかし本当に自分自身にも責任があるはずのマイナスな部分まで他人に転嫁し続けていくということは、怖いことに真に残念ながら、自分と言う存在エネルギーが徐々にうすらいでしまうことになるのです。

霊的エネルギーも魂の持つ根底のパワーもマイナスエネルギーの排出のしすぎと、我が身の心と霊と魂を他人に転嫁しゆだねすぎて、擦りこんでしまい、結果その特有の副作用のように最悪の場合には大きな真理で、心霊魂共に消え失せてしまうことにもなってしまいます。

もちろん身体はいつかは寿命を迎えますが、心霊魂を失ってしまうことは想像にもならないほどつらいし、単に身を失うこと以上に自分の根源を失ってしまう現象です。

ただ、物語でもそうですが悪は悪を集めますね、なぜなら、マイナス意識にいるものは自分という存在を失いかけていますから、自らのコントロールができないために集団をつくります。

マイナス同士が組まないと存続できなくなるためです。

お話が飛びすぎてしまいましたが、人生は理不尽なことにも、ときには寛容でならないときもありすし、自分がもし悪くなくてもどうしてそのような目にばかり遭遇するのか、

また乗り切っていくことが出来るかを自分のために大切に考えていかれる心の容量を少しずつ増やしていかれるように思うだけでも、大きく変化していくことができます。




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by dimension-shin | 2008-09-09 14:30 | 精神世界 | Comments(0)

がっかりしたこと

10代のころですが、あるお寺のご住職とお話していたら「魂なんて無いんだ! 見えないからわからないし死んだらそれまでで、霊もないよ」ということでした。

関東近郊のかなり檀家さんもおられ多くのお墓を守られているのに・・・・・・・・無いと断言したものをお墓という形では受け入れている矛盾がうまれます。
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何のためのお坊さんで、法要ではお経を読み誰に伝えているのかと思ってしまったのです。

けれどこういう方の答えはわかっていました。おそらくですが、残された家族の方々が形あることで安心できるし別れのつらさを癒される、残った人たちへのセレモニーだ言われるでしょう。

見えない世界だからわからない、それも一理あって当然ですが、人の見えない世界、魂の世界に携わる奥深いことが生業とされているご住職に伺ったときに、すごくがっかりしたことがありました。
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by dimension-shin | 2008-09-07 09:19 | 矛盾 | Comments(0)

都会ではビルに囲まれた生活空間も多く、オフィスビル街は昼は人が集まり夜はほとんど人がいなくなります。

近代的なこのような空間でも残業する人が霊的現に合うこともあり、ベランダもない上階の窓から人の顔が現れたり、

誰もいないのに室内のドアーを叩く音がしたり人の声がしてきたりと、時代の建物がビルに変化しても、そこの土地に関わる霊の動きが表面化してくることも多くあります。
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先ほどの現象のように静まった夜に起こるケースもありますが、昼間働いていてる方でも、会社に行くととても重く感じられたり、職場で何か気配を感じるとか誰かが近くで話しているように聴こえてしまうことも実際にあります。

霊的現象というのは多岐に渡っていますから、夜だけおかしいということではありません。
霊的なものが人の感情にとり憑いてくることもあります。

極端なところでは同じ部署で部長が変わるごとに非常に常識的なことを欠いてばかりで部署内でミスばかりを引き起こして、また別の部長と交代をして悪循環を繰り返していたケースなどもあります。



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by dimension-shin | 2008-09-02 13:43 | 霊現象 | Comments(0)