霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

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頼りすぎても

お婆さん、娘さん、お孫さんと親子三代に渡ってご相談に来られた方がいます。
お婆さまは老衰で亡くなられたのですが、お婆さんも含めてこの親子三代とも、
とても霊感の強い方々です。

霊をみることはしょっちゅうで、
家の中で物音がしたり、人の話し声で目が覚めたりということが、
日常茶飯事だったそうです。
住んでいる土地が悪いとかというレベルのことではないご一家でした。

当初は家の清めなどをしていたそうですが、
清めをしたところに霊が立っていたり、
家鳴りラップ音が以前よりも激しく起こったり、
夢か現か、たくさんの手が助けを求めて来る夢や、
金縛りなど次々に霊的な現象が起こってきたそうです。


いろいろと霊能者にもいかれたそうですが、
なぜこれほど霊的現象や霊感が強いのかというご質問でした。
相談者 「毎月拝み屋さんに家に来てもらってお祓いをしてもらっているのですが・・・・・・・」
お話を伺いながら私が感じられたのは、どうしてもこの家のことだけではない問題で、
原因を探っていくよりも、「役割」があるということを強く感じられたので、


私 「霊的なことをもっと受け入れていくことが必要だと思いますよ」とお話すると、
少し憮然とされた様子で

相談者 「いままでもさんざん信じてきましたし、
信じているからこそいままでもいろいろと霊能者にも相談してきましたし、
お祓いもしていだいて、今日もこうしてご相談に伺っているのです」といわれました。


それはもっともな話ですが、
私 「私が言いたいのは、見守っている世界の霊たち、
ご先祖や守護霊から言わせると、頼りすぎている。
どうして自分たちが持っている能力を使わないのか、
どうして人に頼りすぎてばかりいるのか」ということを話しました。

相談者 「どうしてと言われても、自分たちが霊能者でもないし、
またなる気もありませんから・・・・」


私 「霊能者になるということではなくて、
人に拝んでもらうと言うことの意識から、自分自身で拝んで受け入れて供養し、
浄化させていくことに気持ちをかたむけていかないと変わりませんよ」という話をしたことがあります。

能力者以上に自分の力と霊感を持つ人はあまり頼りすぎていても、いつまでも同じことを繰り返すこともあります。a0097419_1074681.jpg



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by dimension-shin | 2009-08-28 10:07 | Q&A | Comments(0)
近頃はさまざまな雑誌で神社やお寺の紹介などをしていること多く、
その中にはどこの神社が御利益があるということを強調していることもありますが、
純粋に神社などの起源や神話の昔話をとりあげていることもあります。

徐々に精神世界に導かれているのはあきらかですが、
何年か前ならば神社やお寺も特定の日、お正月や厄除けには行くことはあっても、
普段気軽にお参りをする人はいまにくらべたら少なかったのですが、
ここ一年特に若い人が増えているのが目立ちます。

都心近郊の高尾山などは宣伝効果も高いと思いますが、
精神的に見えない世界に目を向け始めてきた、
見えない世界を感じ取ろうとし始めているのです。

人が見えないものと、
深くつながり在っていることを知るときが訪れてきたことの幕開けなのです。
一人ひとりの方が、
その内側の世界を感じ取っていくことになるのです。

この文章を書いているときに、
知人の方がヤフーニュースから下記のことがあったそうですとメールをいただきました。


以下ヤフーのニュースより

 伊勢-鳥羽を結ぶ観光道路=伊勢志摩スカイラインの朝熊岳の頂上から8月23日、夏に見ることは珍しい富士山が現れ、その後三島由紀夫の「潮騒」の舞台にもなった神島と富士山の方角から虹が出るという自然現象があった。(伊勢志摩経済新聞)
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 伊勢音頭の一節「お伊勢参らば朝熊(あさま)をかけよ、朝熊かけねば片参り」と、詠まれ伊勢神宮の奥の院として親しまれてきた金剛證寺(こんごうしょうじ)が山頂に建つ標高555メートルの朝熊岳の頂上から富士山までは直線距離で約200キロ。「外気温が低い冬場の早朝に富士山を見ることは珍しくないが、夏場に見ることは珍しい」と説明するのは伊勢志摩スカイラインを運営する三重県観光開発(津市)の西村さん。
 珍しい自然現象は17時ごろ、富士山のシルエットが突如現れた。その後18時10分ごろ虹のかけらが富士山の真上に現れると同時に富士山が消え、虹の架け橋が長く伸びていった。虹は富士山と神島の辺りから志摩半島まで伸びていった。18時30分ごろ西の空が夕日で黄色に染まると虹は消えていった。
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by dimension-shin | 2009-08-25 18:16 | 精神世界 | Comments(3)

ご主人を亡くされて

60代の女性が同い年のご主人に病気で先立たれて、
悲しみにあけくれて相談にこられました。

亡くなられたご主人とはいつも出かけるときにはご一緒で、
楽しいこと苦しいことも分けあってこられたそうです(分けあってという表現をされていました)
そのご主人が60代の若さで亡くなられたのです。
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相談にこられた奥様が、「主人はいまどうしていますか、
私のことは忘れていますか?私に文句を言っていますか?怒っていませんか?」
と矢継ぎ早に聞かれたのですが、真剣に聞かれていることはもちろんですが、
無邪気すぎるほどに我が身を責めて、
ご主人が自分(奥様)に恨んでいませんかと何度も聞かれたときに、
真剣に聞かれている奥さんには大変失礼だったと思いますが、
思わず笑ってしまいました。

そして私の口をついて出た言葉が、
「心配するな、死ぬまで(奥様が)そばについているから、
今までと同じように暮らしてほしい、悲しんでいると、
気持ちが伝わらないで跳ね返されてしまうから悲しみすぎないでほしい。
共に家にいる」 そのようなことが先に感じとられたのでお話していきました。

ご主人からのメッセージは常に奥様の心のの中に語りかけているという話をしていました。
それと同時に目の前に緑の景色が見えてきました。
お二人で楽しみにつくってきた田んぼがあるそうです。

15年前に都会から地方へ移住して、
田畑をつくることを唯一の楽しみに暮らされていたそうです。
ご主人が亡くなられて畑仕事にも力が入らなくなっていたそうですが、
「主人がいつもそばにいて応援してくれているのなら、またがんばります」
「隣近所の方々も心配してくれているのですが、むなしく毎日を送っていました。

それにいまお話をしていると本当に亡くなりました主人がそばにいるような気がいたします。
さっき悲しんでばかりではいけないと言われてから、
まるで主人が近くにいるように感じられるのです。とても安心していられます。」

この方は後日またお会いしましたが、
元気にそして楽しくご近所の助けもいただいて、
日々を過ごしておられるということでした。


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by dimension-shin | 2009-08-22 16:25 | Comments(0)
霊に狙われているという感覚、霊に憑かれてくるという感覚、
霊を感じると重くなり寒くなり、
体の自由が一部コントロールしずらくなるなる感覚がある場合などがあります。

霊を感じやすい人は異質な波長を持つ霊が憑いている人が近くにいるだけで、
突然重たくなったり、気分が悪くなることや、
息苦しくなって体がしばらく硬直したような状態にもなることがあります。

どうしてそうなるのかは、原因元の人が、
包み込まれている霊的な重苦しい波長にあります。

普通の人のオーラとは異なり
淀んで暗く冷たい霊的なオーラに囲まれているような人です。

それでも私がよくお話するのは、そ
のような体験をしたり確実に感じ止めてしまった人には、
浄化能力も本来備えているということなのです。

けれども実際にその場面に遭遇してしまうと
一瞬どうしていいのかパニックになることもあるかもしれません。

呼吸でも整えて結界でバリアをはれる状態でもないでしょうが、
一つ出来ることがあります。

あなたがいままでにお参りに出かけたところで気持ちの落ち着いた、
威厳と風格にみちあふれた神社などを思い浮かべてください。

宗教的な場所ではなくても、
美しい風景に出会ったこと好きな場所でもいいですから、
意識の中で自分の身をそこにおいて深呼吸するようにしていくと落ち着いてきます。


そうすると意識は内面の存在ですから、
内面は違う空間でプラスのエネルギーと波長を合わせることになります。a0097419_1072596.jpg


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by dimension-shin | 2009-08-18 10:07 | 霊的な日常 | Comments(0)

30歳になる女性が16歳のときに母親が病気で亡くなり、
それでも父親と明るく生きてきたが、2年前に父親が亡くなってしまった。

両親との早い別れでもどうすることもできないが、
この2年ほどなんだかやるせない気持ちで、職場と家との往復で休みにも外に出る気がしない。

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そういう日々の2か月くらい前から、数日ごとに父親と母親の夢を頻繁にみるようになったそうです。
「あまり夢などみないほうですが、はっきりと両親の顔が解るし、
こちらに笑いかけているような感じで、気持ち悪い夢ではないけれど
、いままで自分は信じてこなかったけれど、
霊的な世界があるのなら両親が何かを伝えたいのでしょうか?
それとも、私を迎えにきたのでしょうか?」

「不安で相談に伺いました」。という女性がいました。
夢の内容とご両親に霊的にコンタクトしていきますと、
「娘を怖がらせる気持ちはもちろんないし、迎えにきたわけでもない、
ただ両親が霊世界で会えていつも娘のことを見守っていることを伝えてほしい。

幸せを願っている気持ちはまったく変わりない、そういうことに気づいてほしい・・・・・」
このような霊的な気持ちが伝わってきたそのままを、
相談にこられた娘さんにお話すると泣きながら、
「一人になってしまいすごく寂しくて、霊的な世界も無視しているわけではないけれど、
目に見えない世界だから捉えどころがない感じでした。

でもいま霊的なことを話していただいている間に、
はっきり両親がここにいることが感じられました。ありがとうございます」。
帰り際にはとても明るい表情に変わり、
「友人たちとも合う時間を増やします」と前向きになっていました。

見えない世界に気づかせてくれて、
どこにいても見守ってくれている気持ちを伝えてほしい、
夢を見せてその結果どうするか、どこに相談にいくかも解った上で、
そして娘さんの心の視野を広げて上げたいというご両親の霊的世界からのプレゼントでした。
もちろん守護世界の力も加わっていたのです。


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by dimension-shin | 2009-08-15 10:53 | 夢・ゆめ | Comments(2)

体が重い、動きにくい

霊感の強い人は何度か経験したことがあるでしょうが、

どうにか動こうとすると動くことはできるのです。

けれども相当な体力と気力を必要としてしまいます。

霊的な感受性のない人にはまずわかってもらえないでしょうし

ただの「なまけもの」としか捉えてくれないこともあります。

よく霊が憑くと乗っている、背負い込んでいるとか、

霊が憑くと重いなどど表現します。
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霊的な波長の強いところへ出かけると、突然に肩が重たくなる人もいます。

霊は肉体のない意識ですから、
人の感覚や意識や感情のフィーリングに合わせて入り込んでくることになります。

合うとは言っても、霊と人とは基本的に体も考え方も魂も違うわけですから、

霊に憑かれた、あるいは影響を受けた人間側には

自分の意識や感覚ではない拒絶反応が生じてしまうのです。

それが重たく感じたり、違和感を感じ取る要因なのです。


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by dimension-shin | 2009-08-11 14:12 | 霊現象 | Comments(0)

気のせい


ひとりしかいないのに誰かがいる気配がしたとか、
知り合いの顔が浮かんでくることや隣にいるかのような錯覚に
とらわれるような経験をしたことはあると思います。

ただの気のせいなのかと思われがちですが、
これらの気のせいには実際に感じ取っていることでもあります。

けれど感じ取っているから、実際問題どうしたらいいというのでもなく、
自分の周囲に感じる気の風のように自然体で受け止めていることでよいのです。

気のせいが気のせいですむようなら行きすぎる風のごとくに受けながしていくこと。

人にもものにもエネルギーが発生していますし、
物や人から離れても質感を思い出して感じとることもできます。

それは良いことならば何度も思い出して、感動をよみがえらせてくれますが、
忘れたいことならいつまでも残像エネルギーに悩まされてしまいます。
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それではまとわりついた過去の事柄は抜けないものか。
という疑問が残りますが、過去の記憶は消せなくても、
人の感性は新たな発見と自分自身にある素晴らしい、
やさしさや強さや前進する気持ちがマイナスな事柄を消し去っていく力をも秘めています。

自然界の風と同じように
人の意識の交流が微細分子のようにエネルギーの共存をしているのです。

ただし気のせいを通り越して気がかりになってしまうと気のせいではすまなくなりますし、
霊的な問題が生じているかもしれません。

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by dimension-shin | 2009-08-09 09:32 | 矛盾 | Comments(0)

お参り依存症


神霊の世界は自分の気持ちが見えない世界との共存できてこそ知る世界でもあります。

祈ることや、どこかの神社へ参拝することも見えないところに
気持ちをゆだねていくことも大変必要な空間です。

霊能者の仕事柄、ご相談にこられた方にお参りをすることを薦めることも多いです。
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毎日神社にお参りにいかなければ落ち着かないという人もいますが、
ある特定の神社でお参りを続けていたが、
よくないことが続いたのでどこか他の神社に変えてよいでしょうか?ときかれたこともありました。

神仏に線引きはありませんから、どこにおまいりをすることも自由です。

しかし、幸せや利益のために、
その都度に変えるということは好ましくはないことをお伝えしておきます。

つねに何かあるごとに依存しすぎてしまうことになりますし、
新たに効き目のある?神社探しになってしまうからです。


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by dimension-shin | 2009-08-08 14:02 | 精神世界 | Comments(3)

自分ってどんな人?


先日喫茶店で知人を待っているときに、
隣に座っていた20代後半くらいのカップルが話していた会話が聞こえてきました。

男性 「俺って、どういう人か会社の人や友達にもきいてみたんだ」
女性 「いまごろどうしたの?」
男性 「俺ってみんなにどう写っているのか知りたくてさ・・・みんなに聞いてみたら、
はじめは意地悪そうな奴で喧嘩が好きそうに見えたといわれたのか多かった。
でもはじめから人の良さそうで気が合いそうだと感じたといってくれた友達もいたし、
会社の上司は扱いにくそうに見えたと言ってた。
でも実際は素直な奴だとすぐにわかった。と言ってくれたけどね」
女性 「人の評価はちがうね。でもあんまり考えない方が良いと思うよ」


という内容の話が、隣の席から自然に聞こえてしまいました。a0097419_1512456.jpg

人の評価はまちまちですから、自分が人からどう思われているのか気になるものです。
人づてに、「あの人はあなたのことを○×△・・・に思っているらしい」と聞けば
うれしいこともあれば、がっかりすることもあるでしょう。
人の評価を気にする余りに身動きとれない心の状態に陥ってしまう人もいます。

人の評価を無視するのではなく、一つ考えて行かなければならないことは、
自分が自分自身への評価はどうなっているのかです。

そういうと、それがわからないから人の評価が気になるといわれそうですが、
人を気にし過ぎて自分を気にしてあげなさすぎるのです。
その結果勝手に自分を過小評価していることになっているのです。
笑顔もなくなってしまいますね。

ついでに人のことは何でも出来てすごいなと思ってしまう人も多いですが、
人と比べずに自分出来ることを精一杯こなしていくことで、
明日のあなたが笑えるようになっていくことを信じてすすむことです。



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by dimension-shin | 2009-08-04 15:12 | こころ | Comments(1)

毎晩聴こえる人の声

ある郊外に住む方が、一年前から毎晩寝付いたあとに、
「必ず人の声で目が覚める、ときには息苦しさや人が泣いていたり
、怒っていたりする、ときどき家の棚に置いてあるものが落ちていたり・・・・・・・」 

けれども目が覚めてから外を見ても誰もいない。誰もいないのは当たり前で、す
ぐ横は崖のようになっているので人家はないし、人が通れる道も無い家だそうです。

しかし毎晩続く霊的な現象が納まらないために、私のところに相談にこられました。
霊査してみますと。この土地に昔住んでいた人たちの姿が現れてきました。

戦いで追い込まれてこの地に住み始めてきた一族のようですが、
結局敵に追い込まれて、この土地周辺で亡くなっていったようです。

このご相談者が一年前から現象が出てきた理由は、
家の横は崖のようになっている部分が、もともとは土地が続いていたのですが、
道路を通すために土地を削られてしまったためでした。
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その工事が完了したのが約一年前だったのです。
ご相談者にはしばらくお清めをして、
お供え物など出来る範囲のことをお伝えして、
ひと月ほど様子を見ていたのですが、徐々聴こえる越えの感じが変わってきたそうです。

ときには少し笑い声さえ聞こえる(感じられる)そうです。
数ヶ月続けていくとほとんど現象がおさまってきたのです。


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by dimension-shin | 2009-08-02 20:52 | Comments(0)