霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

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気を使い過ぎる人


気持ちのコントロールひとつ
とはいっても、人に対してとても気を使い
疲れてしまう人

人に気を使うわりには自分には気をつかわずに、疲れさせているばかり・・・・・
ではありませんか?

どうして自分は気持ちのコントロールが下手なんだと悲しまないで、気持ちの中に霊たちの気持ちや感覚が入り込んでいることがあることを知ってください。

職場でも気をつかうようなことがある人は、見えない霊たちの影響をうけやすい。
人の気も(気持ちも)のみ込みやすい。
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気を飲み込んで、まるでお腹いっぱいに飲み込んで食べ過ぎたような状態になるような状態です。

ただし霊的なことは目に見えませんから、うまく消化できないことになり、
気持ちの中が常に狭い箱に閉じ込められているような感覚にもなりやすくなってしまうのです。

まずそのことから気づいていかなければ、
いつも自分自身か周囲の人を責めてしまうことにもなります。

気を使いすぎる人は気がつく人でもあります。

霊感も強い。けれども使い方しだいでは非常に疲れやすい体質の方もいます。

霊を浄化させていくために浄霊も必要かもしれません。



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by dimension-shin | 2010-01-30 14:31 | こころ | Comments(2)

夢の話


しばらく前に、美しいほどに水が澄んでいる情景をゆめでみました。
しかし、水がとてもきれいな大きな池のような真ん中に建物が立っていたのです。

建物も水もきれいなのに、人がいないとてもさみしい感じがするところでした。

そしてよくよく水の中をみていると、非常に水がきれいで、
底のほうまで見えるのに魚一匹いないのです。水清ければ魚住まずという言葉の通りにきれいすぎるのです。

目覚めたときもさみしいのと今見た夢の場所は建物も水も美しいけれど、人を寄せ付けない潔癖さを感じられました。とても淋しい感じですが、それでも誰かの助けを求めていることが印象に残った夢でした。
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3日後にお会いした方の話をきいてわかりました。
30代の妹さんが相談にこられましたが、お姉さんが最近ご両親から、
家業の商店を継がれて、お店を任されるようになってから、

従来のやり方を全面的に切り替えてしまったため、古くから働いていた従業員も辞めて、
新しいスタッフも長続きしない。原因は潔癖なまでに自分自身の方法をおしつけてしまい、
他の人の気持ちを考えないことにあるのです。

ご相談にこられた妹さんも専務として共に働いていますから、
今後経営に口を出していいのか悩んでいましたが、

霊的に視てもお姉さん自身が一人で暴走して自分自身でもコントロール不能の状態のようで、
また専務である妹さんもハラハラするだけになっていましたから、
浄霊し神仏の守りをつけていけるようにお話しました。

代が変わり同じことをするとしても人が変われば流れが変わります。

霊たちの動きも出てくることもあります。



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by dimension-shin | 2010-01-28 10:07 | 夢・ゆめ | Comments(2)
魂の世界から霊界で霊的な体と性質と役割を身につけて、
人間界に肉体という命をもらって、それぞれに違う性格をもって生まれてきます。

環境も出会うひとたちも異なりますが、それは一人ひとりの人生のテーマが違うからです。

それは悲しむだけの人生のテーマでもなければ、
ただ喜んでいるだけでもありませんが、

人生のテーマの中で、
確実に自分の人生をつくりあげていくことが出来るか、a0097419_11342976.jpg
魂の実力を試される場でもあります。

小さな例をあげれば、
5年前に友人の言葉どおりにしたから、嫌な目にあった。

そのおかげで人生が狂ってしまった。と、しか思わない人と、

自分が決断できないでいたから人の言われるがままになってしまった、今後は気をつけよう。 

と、自分の人生を解釈していく人とでは、
生き方の方向性も守護霊もこの時点で変わっていきます。

人生は常に変えていくことが出来るのです。まず心が楽になっていかなければなりません。


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by dimension-shin | 2010-01-21 11:35 | こころ | Comments(0)

悪心と魔

知っていながら悪いことをしてしまう
友人の楽しみにしていたおやつをいたずらでよこどりして食べてしまうことは互いに許しあっている間柄であればいさかいは笑いに変化することも出来ます。

けれどもこれが、知らない人に同じことをしたら悪いことをすることになります。
人は悪といつも対峙している
やっていいことと、やってはいけないことと対峙しているということは、自己の中で常に善悪と戦っていることにもなります。

例えばお金の持ち合わせも少ないのに、光熱費も払っていないのに、生活費をはたいてまで、着ることもない洋服を何着も買い込んでしまうことになったら使い方にも精神的なバランスを欠いてしまいます。

欲しい、買いたい、それこそ悪魔のささやきが「欲しいのだから買えばいい!!」と命令してくるかも知れません。けれども次には、欲しくても自分の生活とのバランスを考えてお金を使うべきところに使えたら、魔に憑かれることは絶対ありません。
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犯罪にいたるような場合には、見ず知らずの人を殺してしまうこともありますが、自分は人から疎まれていると思いつづけていたり、昔の恨み言を繰り返し思い出して、何十年もこだわり続けた結果犯罪にいたることも多いものです。

そのような事件では、罪を犯した犯人の常に変わることのない「悪心」に人に気持ちと同じ気持ち以上の「魔」が憑くのです。

「魔がさした」どころか「魔にとり憑かれた」状態になってしまうのです。



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by dimension-shin | 2010-01-16 11:49 | こころ | Comments(0)

自分も霊、他人も霊


自分が持つ感覚に悩んでいる人は、おそらくほとんどが、物事や周囲の人や自分自身の悪いところばかりみている、悪いところばかりに気づいているにすぎません。

霊的な世界は心で感じとっていかなければならない世界でもありますから、本来は皆さんも感じられるものです。

それを言われても自分には霊感もないから理解できない。

それは一部の霊感のある人の話ではないか、自分には関係ないことだ。
そう思うこともあるでしょう。そう思いながらもどうして人の悪い部分は感じとるこ
とが出来るのでしょうか?それも感、霊感なのです。

守りに入りすぎてしまうと、悪いところばかりに感がはたらいてしまう・・・・・・・・
何か理解できる・・・・・そんな状態にいるのではないでしょうか?

霊は感じとるもの、受け取っていくものです。それは人は皆、霊であり、心を持つ存在だからです。

肉体で出来た体があって、心という目でとらえることのできない、ものと同居しその延長線上に自分自身の霊体が重なって生命体になっています。

このしくみを理解して、霊というのはまったく無関係ではないと言うことを承知しておいてください。

他人はどうして自分が感じることのように思えないのかと悶々としている人もいます。

ほかの人は自分と同じようには思っていないから、他の人がおかしいのか、自分のほうがおかしいのかと結論が出ない悩みにいたる方がいますけどそれは感性という個人差があるから仕方がありません。

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by dimension-shin | 2010-01-12 12:24 | 精神世界 | Comments(0)
今年に入ってから、今まで抱えていた問題が大きく浮上してきたり、
一気に解決に向かってくることも多くなると思われます。

仕事始めから数日たちますが、何件かの方々からご質問で、


「今年に入ってから、家の花がすぐに枯れたり、しおれてしまうのです。
花も葉ももちが悪く、2、3日で枯れてしまうこともあります。
鉢植えの花も家の中に入れるとすぐに元気がなくなってしまい・・・・
お正月に限らず、いつも花を飾りますが、このようなことは初めてです。
ついでに家の飼い犬もあまり元気がないのです」


といったことを質問されたのです。
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今年は新年早々に事件や事故も多く、社会の大きな変化もさることながら、世の中も大きく気の流れも変わっていく時代ですから、小さな気の流れの乱れも起こってきます。

不浄仏霊も浮き出してきますから、木や花は自然界の変化には敏感です。

不調和があれば清めていこうとする力が働いてきます。悪い気を吸い込んでくれる、木も花も浄化していこうとします。

花が枯れることは浄化を表しています。

落ち着くまで何度か木花をとりかえてください。

犬猫などのペットは同様に見えない変化を感じやすいので、元気をあげるために、ご一緒に近くの氏神様へお参りをすることも方法のひとつです。


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by dimension-shin | 2010-01-09 14:43 | 霊現象 | Comments(0)
遅くなりましたが今年始めのブログになります。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年はますます精神的に追いつめられてくる方も増えてきます。

それは世の中の不況という不安だけから来るものではなく、
精神面での進化が進んできますから深い魂の叫びにも似た不安定さが生じてくる傾向にあります。

精神世界や霊的なことにたいして気持ちが開かれている方はご心配ありません。

さてお話は変わりますが、いろいろな占いを毎日かかさずに何度も見る人がいます。

占いで一喜一憂することも独特の世界観ですから
生活に占いをとり入れることもとてもよい示唆を与えてくれる場合には楽しいことだと思います。

ただし、どんなことにも中毒になるほどはまりこんでしまうと、
自分自身で冷静な判断が出来なくなることもありますから気をつけてください。

何が自分に幸運になるかは楽しい占いですが、
それとは真逆に「今日はツイていない、最悪の日です・・・。みんなが冷たいかも・・・、
体調に注意して・・・、仕事でミスに注意・・・、家族がもめる・・・」などがでたら占いをみてから、
どっぷりと考え込んでしまうタイプの人がいます。

よい占いがでると喜びはするものの、悪いときの方がいつまでも気になる。
気にする。だからやはり自分はダメなんだ!!ついていない、運がない・・・・・

それほどまでに気にし過ぎてしまうのは、まるで占いのとおりに、
それ以上に自分がついていないのだと思い込んで、閉じこめてしまうことにもなります。
最悪はポジティブになることを拒んでしまう。そこには霊的な介入も潜んでいることもあるのでご用心。

人は自力と守護で不幸を脱出できる力を備えていることを忘れずにいてください。



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by dimension-shin | 2010-01-06 12:17 | こころ | Comments(2)