霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

<   2011年 12月 ( 18 )   > この月の画像一覧

今年は大震災も原発事故など悲しい出来事もあり
大切なことを考えさせられる年でもありました。

不幸を知るから幸福を知ることも出来ます。
つらいことは良きことになって行くための
道順を教えてくれることを信じています。

皆様どうぞ良いお年をお迎えください。



a0097419_10155862.jpg

[PR]
by dimension-shin | 2011-12-30 10:16 | Comments(2)

死んだらどうなる

まず肉体がある今の自分は、
どこかへいこうとしても一カ所ずつにしか行くことができません

想像の世界では空を飛びながらお菓子も食べられるし
瞬時に旅行へ出かけて温泉も入れます。
好きな季節の海へ出かけることができるのは
想像力という感性と霊的な自分と肉体とが
つながっていることを本当はすでに知っているのです。
a0097419_9433861.jpg

想像の世界と似ていますが、肉体から離れた自分は
思うところへ同時に瞬時にいくことが可能になります
思う思いがすべて叶っていくことができます

もちろん真実の自分ですから、芯から望んでいることだけ、
あるいはやり残した人への挨拶などをいろいろとこなしていくことができます。

人への挨拶でもその相手には夢で会話することもありますが、
ほとんどか霊的なコンタクトをしていきますから、
肉体をもっている相手には気がつかれないこともあります

それでも相手は瞬間的にあなたを感じて思い出してくれるか、
あなたとの生前のやりとりにひととき思いを馳せることになるでしょう。

思い出すことも供養なのですが、
思い出すことでお互いの霊的な交流ができています。
思いはつながり続けていきます。




加藤眞澄ホームページへ
[PR]
by dimension-shin | 2011-12-29 09:43 | こころ | Comments(2)

右往左往

心痛む事件も連鎖していますが流行でおこっているのではなく、
現実界に霊的な動きが連動していることが明確にあらわれてきています
今までは物質的世界では隠れてこられたものが、
人の心の弱さと欲に便乗し始めています
霊だけが隠れていられなくなったのではなく
人の心もまた弱点を隠せなくなってきています
思いの甘さにとりつかれることもありますのでご用心
a0097419_110711.jpg

そのために今の自分に非常に疑心暗鬼になり
行き場のないやるせなさ、
無気力と嫌悪感に悩まされる方もでてくるのです。
世界に吹き荒れる乱れるマイナス波動から
心霊体を守ろうとする力が内面から働き始めているときでもあります

苦手だと思うことが自分のところに回ってくることもあります。
引き寄せの法則のように近づいてくるようなこともあるかもしれません。

自分の波長がそういうことと同調してしまうことと、
逃げようともがけばもがくほど余計にからまってしまうように、
気持ちを楽にしていかなければ、
追いかけられてしまうような状態から
なかなか抜け出せなかったかもしれません。

しかしそれさえも苦しむ時間は短縮され苦しむよりも
解決されるべき糸口が見つかることが必ず早くなってきます。

気がつかされるために人から聞かされることや、
ふと目に付いて気になり始めることなどが多くなってくるはずです。
世の中は悪い連鎖だけではなく、
良くなるための連鎖も同時に起こっていますから
よきつながりが人生の進み方にも
変化をもたらしてくれることになっていきます。



 加藤眞澄ホームページへ

[PR]
by dimension-shin | 2011-12-25 09:55 | Comments(0)

ニューエイジ

 宗教や精神世界の問題でも
新しい感覚思想に変わる時代に入ってきていますが、
「苦」という定義が淘汰されてくる新たな時代が開けてきているのです。

平和とはいえども仕事の苦労や人間関係の苦労は
お互いに気を使いながら慎重にならざるを得ないこともあります。
過去においては戦争が続いてきた歴史(現在も一部はありますが)で、
図らずも人が人を傷つけ命を奪い奪われる苦悩の時代世界を通り越えてきています。


霊的な世界では善悪の凄まじい戦いが行われてきたのですが、
悲惨な苦しみや悲しみの時代から、平和と愛のための時代へと
霊的世界も現実的にも転換されてきています。
a0097419_1102823.jpg

 けれどもいまも過去の悲しみに捉われてしまっている霊の
意識体が人の感覚意識に入り込んでしまうこともあります。

この世に思いを残す霊というのは肉体もなく、
自分が思い残してきた意識だけがこの世に残っている存在ですから、
だから肉体もなく、霊体も感じなく、自分を感じられず、
思っている苦しみだけが3次元の空間に一人浮かんでいる「意識」の存在です。

人は、この意識の霊の感覚や感情を受けてしまうこともあるのです。
例えば些細な事柄にいつも以上にイライラしてしまったり、
感情的になってしまったりすることも、
多少のことなら自分らしくないなと考えて
気持ちを切り替えていくことで左右される現象から回避されますが、

ときとして落ち込んでネガティブな状態から抜け出しずらくて、
困難になってしまうと自身のコントロールがうまくいかなくなることさえもあります。
自分という存在を操縦し難くなるのです。

そういうときに人の意識を受け止めやすくなってしまったり、
霊的なものとリンクしやすくなってしますのです。

良い波長なら霊的にリンクされても問題がないですが、
まず自らの波長が悪いときにはよいリンクはありえませんから
気持ちを変えていく努力が必要です。
難しいことではなくこれではいけないと「気づく」ことが流れを変えてくれます。

*お話は少しそれますが、「私は神になりました!」などと
言っていた教祖さんはいかがなものか、おわかりだと思います。
だって誰もが神の魂を持っているので特定の一人ではありませんよ。

徐々に人の精神的なレベルが上がってきていますから、
当然霊的世界の意識もスタイルが変化してきています。
霊や意識は人の感覚や波動を利用して存在できることが多いためです。


霊的な感受性が強い人の中でも霊とかお化けを感じる、
視えることは多いのですが、
最近の若い世代の人たちは、宗教性の問題もあるのかも知れませんが、
霊ということに関して意外にすんなり受け止められる人が多くなっています。

特定の宗教信仰がないためかもしれませんが、
感性が研ぎ澄まされているのでしょう。
スピリチュアルストーン(天然石)がとても人気があったり、
パワースポットが流行っていたり、精神的ナチュナル思考の傾向にあります。

見えないものと出会いたい気持ちが強くなってくるはずです。
自分自身に内在する神性とつながるものと出会うことで
核心を得ていくことができます。

まだ暗中模索なのかもしれませんが、
それでも精神的な世界に進んでいることは確かです。
ただ感性が強すぎて、人が苦手という人も少なくありませんが、
魂の美しさに気づいてくると楽になることが出来ると思います。

人の世界は宇宙で起きたことを反映する世界です。その反面、
人の世界で変化をさせていく出来事は宇宙へも反映されていきます。
物や形での反映ではありませんが、
確実に宇宙の一部の進化後退の小さな礎にかかわっているのだと信じます。


加藤眞澄ホームページへ
[PR]
by dimension-shin | 2011-12-24 10:58 | Comments(0)

神域

神社にお参りをして、その帰りに
神社の境内で可愛い髪飾りをお子さんが拾って帰ってきたのです。
髪飾り(神様の眷属)が共にお家に来たかもしれませんが
またお帰りいただくように神社に行かれたほうがよい場合があります。

そして出来るだけ神社の境内の落し物は
神社へ届けることをしたほうが懸命です。
小さな神社でも神域です。
見えない世界に心を託すところでもあります。

a0097419_11212060.jpg

かつて奥宮を祀る小さな島の神域へテレビの取材が入ることになり、
もちろん神社の許可を経て取材班も禊を済まし小船で島に渡り、
無事に取材を終えて帰りの小船で海を渡っていたときに
穏やかな海であるはずが急に波が起きはじめ小船が非常に揺れる。

取材に何か不備があったのかと見回すと
荷物の一つに小枝があるのが見つかった。

もちろん故意ではなく
山を下るときに荷物の中に紛れ込んでしまったらしい。

取材班はその小枝を島に向かって
小船から海に流し手を合わせたそうです。

すると波がおさまり揺れていた小船も
何事もなかったように静かに帰途に着いたというお話もあります。

取材班が神の神域である島に入るときに
神社で約束事の一つに島からは
「一木一草」(いちぼくいっそう)たりとも
持ち帰ることは禁じられていたそうです。

守られるということは
現実界と幽界をつなぐ源を守らなければならないのだと思います。


守ってこそ守られること。>



 加藤眞澄ホームページへ
[PR]
by dimension-shin | 2011-12-22 11:21 | 精神世界 | Comments(0)

自分を越える

現在の私たちは一部の国を除いては実際に戦争で苦しんでもいません。
食べるものも充分あります。戦争などの実体験をしての苦しみは
過去の歴史とくらべれば雲泥の差です。

反面では精神的な悲しい出来事、苦しい出来事、
体の不調、心の不安定、感受性の変化など平和な時代になり
進化したからこその悩みに変化しています。

どうして自分だけが浮き上がっているのかというように、
間違っているのか、それとも苦しいのは自らが招いた結果で
「自分が悪いからだ」と嘆いてしまうこともあるかもしれません。
a0097419_1001263.jpg

肉体的な自分は心と魂を通じて精神的にも悩まされる状態が
これまで以上に増えてくるかもしれません。
内面的な変化が進んでいます。

自分の持つ負(マイナス)を越えて
自分の内在している正(プラス)を表面化されていくためです。

自分の中にある峠、例えば弱点が、
悪意、責め、閉塞感、孤立感、投げやりな心だとしたら 
その部分が強調されるような出来事に遭遇する確立も増えます。

そのときにどう対処をしていくかが「 自分越え 」でもあります。

弱点を克服していくごとに自分の「負」越えなので峠のようなもので、
自分自身に内在する負の部分が表立ってくることが早くなります。

内面的なことを越えるということは、
肉体的にまで影響されてきた悪いところがもしあった場合には
出てきますから治療をしていくことで治ります。

自分が乗り越えられないことに嘆いてしまうことも
あるかもしれませんが嘆きながらも必要な心の動きは働いています。
次元上昇などとも言われていますが
確かに地軸のズレや地上の変化や多くの方々が
被害を受ける出来事も一挙におとずれてきました。

世界も独裁国が大きな局面に来ています。
これから各国のトップも交代されて地上の流れも変わります。
その中で日本は世界の政治の聞き役のようにお人よしの国かもしれません。

いまさら悪党にはなれません。
日本の素晴らしさを生かせる政治家の方も増えてきます。
そして個人の変化は「自分越え」という
局面に向き合っている方が多いと思います。
心の葛藤とそれに伴う迷いもあるかもしれません。

内面の輝きに気づき始めると幸福感や充足感も感じてくることが出来ます。
自分をあおって追い込まないで少しずつ焦らずゆっくりと
まずは身近な幸せに気づくことが大きな幸せをくれます


  

加藤眞澄ホームページへ
[PR]
by dimension-shin | 2011-12-20 10:00 | 精神世界 | Comments(0)

自分にだけ

何度も似たようなことで悩まされ解決し
また同じようなことで悩まされということもあります
ほかの人はそこまででもないのに、
自分にだけは降りかかってくる問題。
宿命と言って片づけてしまえばそれまでですが、
どうにかこうにかの息つぐ暇もないほどの
重なりの中には霊的な問題が隠されていることも多いのです。

ある方は、はたから見ていると仕事もできて
頭の回転も速くキャリアもある素晴らしい経歴と
うらやましい人生のように見られているにもかかわらず、
本人は「どうしてこんな人生なのか、なぜ人と上手く行かないのか、
どうして心からおもしろくないのか。

人より劣っていてどうせ皆には
嫌われているかもしれない・・今日も作り笑顔で一日生きようか・・・・・」
など非常なマイナス思考のかたまりをもたれている方もいるのです。
a0097419_1134764.jpg

それはその人であってその人ではない意識が
強く働いていることもあり現実よりも
そういう霊的な意識に負けてしまっているのです。
今を変わりたいと思うこともあります

けれどもその前後になんらかの
努力をしなければ変わりようもなく流されてしまいます
もっともっと良い仕事や良き人たちに出会いすてきな人生にしたい
望むからには今よりも大変な決断と勇気がいることになります

大変なのではなく自分自身が本心で望んでいることなら
努力はいりますが、進んでいくことができます

ただのあこがれだといつまでも机上の空論でいったりきたり
その上生活も考えなければなりませんから
思うことがすべてすぐに実行できるとは限りませんが、

「あのう私はこうしたいのですが・・・・」の一言がいえずに
人生が同じことの繰り返しになっているとしたら、
それは人間的な自分の弱さをせめてしまうかも知れませんが、
霊的な影響で同じことの繰り返しになっていることもあるのです

人の感情は良きにつけ悪しきにつけ
見えないものに影響を大きく受けることもあります。


加藤眞澄ホームページへ
[PR]
by dimension-shin | 2011-12-19 09:52 | 霊的な日常 | Comments(0)

動物霊 低級霊

動物霊は人を恨むかという点に関しては、
動物自体が直接的には人を恨んででてくることはないといってもよいでしょう。
それでも動物霊と言われるゆえんはどうしてか?

人間の霊が畜生道に落ちて人の心を無くした「動物霊」になってしまう状態
動物となってしまったものはいったいどういう存在なのか、
動物霊はいったいどうして動物霊という姿に変化していってしまったのか。

このようなことをふつうの方々には縁がありませんがでももしかしたら、
周囲に似たような人がいるかもしれません。
そのときにこういう人が動物霊を憑けていくんだということを知っておいてください
a0097419_10505990.jpg

まず動物霊になってしまうのは、低級霊です。
低級霊というのはある考え方に固執している霊です。

自分の考えにつかまってしがみついて離れない、
例えば「自分がこれほどつらい思いをするのは誰のせいなんだ」
というように思いが固執してしまうような霊たちのことをいいます。

思いが離れないんだからつらい世界ではありますが、
思いを変えようともしないから、変わりようもない世界です。

こういう霊に「そんなに人のせいにしないで楽な世界に帰ればいいはずだ」
といっても簡単には言うことは聞かない・

こういう霊は自分の悔しさ悲しみがのこっているままに、
人間界をさまよっているのです。
さまよいながら、自分の行き場所を求めている。

行き場所を求めても、思いが恨み辛みで膨らんでいますから、
やすらぐことはなく、むしろ思いの恨み辛みが同じようなものを
持っている人間にとり憑いていくことになります。

「くやしい、悲しい、うらやましい・・・など」
という気持ちの人間と波長が同じであれば低級霊が憑きます。

普通の人は一時期にはとても人を恨むようなことがあっても、
気持ちがだんだん緩んでくるものです
いつまでも人のことを恨んでみても仕方がないというようになります。
そうすると波長が合わなくなるため低級霊は離れていきます。

さてここで動物霊です。
思いが恨みつらみ、誰を恨んでいるとか自分は
悲しいとかだまされたとか、こういうことは低級霊も同じです。

低級霊と動物霊の違いは低級霊はどうして
悲しいとかだれも信じないとか、自分はどういう姿をしているかを、
かなり低級霊でもおぼろげながら霊自身がわかっています。
ほろぼろの衣装を着ているとか、苦しかったとかはわかっている。



動物霊はそれをわかっていないのです。
霊自身がどういう姿をしているのか、
どうして恨みを持つようになったのか、
どうしてひとにとり憑くことになったのか、
そういうことがまったくわからず思いだそうとしても思い出せない。

涙もでない、人も不幸になればいいとしか考えない。
動物霊じたいが、動物霊だとも気づかなくなっている世界。

人間が死んで、死んでも執念だけが生き残っている。
執念が強いと自分がもともと人間だったことも忘れていくから、
俗にいう畜生道に落ちていくのです。
人が人の姿をなくしたときに、
生きていたときに目にした人以外の姿に変化していくことになってしまいます。
a0097419_10514069.jpg

そして同じような動物霊の姿をしたものたちが、
お互いを引き寄せあって合体してくのです。
動物霊は一つの画一した姿をもっているわけではありません。
変化もします、合体するもの同士が変わることもあります。
ちょっと怖いですね

みなさんには憑かないから怖がらなくていいですよ。
今回はこのようなことをお話するのは、
さきほどいいましたように、これから先に周囲の人で何となく、
動物霊や低級霊の影響をおけているなぁ、
と感じられる人がでてくるかもしれませんから、
そのときに冷静な判断をできるようにしておいてください。

ただし、動物霊にとり憑かれてしまうような人は
周囲の人も巻き込んでしまう傾向がありますから、要注意が必要です。

動物霊や低級霊は、人の意志を取り込もうとしてきます。
操ろうとしますから気をつけていくことが必要です。

操って仲間にしていこうとする、
そして何でもいうことをきかせようとして、
常に自分の配下にしてやろうとするのです。
幸せになりたいなら、自分のいうとおりにしなければ、
幸せにはなれないからな。
と、いうようなものです。


どこかの宗教みたいですけど、
人を操ろうとするものは、どこに潜んでいるかわかりません。
一見素晴らしいものに感じさせて、
人の気持ちをとりこんでしまおうということがあります。

正しい目をもつこともよいですが、
見えるものに左右されないで判断できるようにするためには、
感覚で感じ受け止めたことを重視させていくことは非常に大切です。

迷うときには神社へお参りし
冷静な判断が心に浮かんでくることを大事にしてください。
しあわせは誰かのいうことを
文句なしできけば幸せになるというものでもないですね。

加藤眞澄ホームページへ
[PR]
by dimension-shin | 2011-12-19 09:30 | Comments(0)
時間も自分も固まったような
何ともいえない感覚をもっている、
あるいは経験したことがある方もおられるかも知れません。

霊的な影響が表面に強く出てきた場合には
このようなことを感じることもあります

霊と言っても
霊界に戻れないような霊ですから心も感覚も後ろ向きです
a0097419_9332344.jpg

時間が止まってフリーズしたような状態ですから、
人間側がそういう霊の影響を受けると
同じような感覚になってしまうこともあります。

自分ではこうしたいと思ったことにも行動できないことなど
「どうしてこんな気持ちになってしまうのか」と思うほど
こだわりが消えなくなったり、

行きたいのに行けないような時間や空間に
見えない壁があるような・・・・・・
通常ではない違和感を感じられることも霊的な影響でもあり、
おひとりお一人の理由は違いますが、
その霊的な理由がわかってくると
気持ちのわだかまりも変わってくるのです。


加藤眞澄HPへ
[PR]
by dimension-shin | 2011-12-18 09:32 | 霊現象 | Comments(0)

低級霊 魔界・魔物

日常的なことではありませんが、
「低級霊、動物霊」といわれたりすることがありますが、
我々が思う低級霊の定義は、
人は亡くなってから多くの場合はそうですが、
順調にいけばまず肉体から霊体が離れます。

肉体から離れた自分が
「自分は死んだ」ということを気付いてきます。

気付くと同時に、
先に亡くなった人たち(霊)が迎えてくれます。
ご先祖父母、友人、守護が共に
人生を生き抜いてきたことを心から祝福してくれます。
そして霊界といわれる世界に成長した自分が戻っていくのです。
a0097419_9472417.jpg

けれども生きているときの自分の思いや私利私欲の我欲が強かったり、
人への思いやりもなく、ひたすら欲と憎しみや妬みなど
必要以上に強いままに亡くなってしまうと、体は無くしても、
悔しい悲しい憎い欲しい恨みなどの気持ちが強すぎると、

肉体をもっていたときの我が残り、
先祖や守護が迎えようとしても霊体が帰るべき世界にも戻れずに
、長いこと気付かないでいるうちにレベルの
低いマイナスと波長が合ってしまい、俗に低級霊といわれる存在になっていくのです。

「魔界・魔物」については
魔界とか魔物とよばれる世界は、
「低級霊」 と混濁してしまいがちですが、
簡単に説明してしまうと 「低級霊より、もっと地獄」 なのです。


低級霊なら、自分が何者かどうしたいかに関しては、
我欲が強いために逆にどうしてよいのかわからずに迷いの世界にいます。
低級霊 と違って、「魔物」 の違いは
自分はどうしたいのか、なぜここに存在するのかをよく知っています。

「低級霊」を操れるほどのパワーがあるのです。
むしろ低級霊は単純ですから
この「魔」の力には弱く服従して動かされることもあります。
「魔界とか魔物」は説得して言うことを聞くような存在ではないのです。

魔には説得は効きません。
低級霊はまだ説得が効きますが、「魔」には心がない、
怒りと冷酷な恨みやら、人が知る限りでの
「苦が幾重にも無限に合体された世界」が「魔界」という存在です。

魔物がときどきそこから顔を出すこともあります。
戦争に継ぐ戦争も「魔」の力でもあるのです。
プラスとマイナス、ブラックホールとホワイトホール、
天と地のように、両方の存在が必要なところはありますが、
「魔」に出る隙を与えないようにしていかなければなりません。

「魔の世界」はその世界でだけおさまっていくべきなのですが、
人の心に入り込んで自分たちが操っていこうとする動きも捨てておけません。
人の我欲がいけないのか、
人の心を占領しようとする魔がいけないのか・・・・・・・・・・。
どちらも良い訳がありません。
人の慢心は恰好の餌食にもなってしまいますから、
それに魅入られないようにしていくためには、
正しいものと正しくないものを見極めていくこころが働いてくれるだけでいいのです。

心が魔を受け入れないためには簡単なことですが
空が青くてきれいだとか、澄んだ空気が心地良く感じられる自分があるだけで充分です。
心が魔を受け入れないためには何の武器も必要としません。
 

加藤眞澄ホームページへ

 
[PR]
by dimension-shin | 2011-12-15 09:47 | こころ | Comments(0)