霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

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感性の鋭い人は先々を感受しやすくて、
どのようなことが起こっていくのかが直感が鋭く働くことも多いと思います。

感覚の鋭さが良きことに使われているときは危険回避が出来るのです。
けれども感受性が直感を無視して
悪い方へばかりに意識が向き始めてしまうと、

もともと感性が鋭い人は悪いほうにばかり
想像力が働きすぎて邪気を呼んでしまうこともあります。
邪気を呼び込むと、人から言われた一言さえも
自分を責めてくる言葉に聞こえたり、
自分もまた異常なまでに妙に心が萎縮してしまい
だれかれの思惑ばかりが気になってしまうこともあります。

それがひどくなってしまうと霊的に憑かれてしまうことにもなります。
霊的には感性が高く純粋無邪気な心の持ち主の人が
そういうことにもなりやすく、
3次元の世界だけですべてを理解することのほうが
つらさが増えるだけのことも多いのです。

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ある女性が、
「自分だけが会社の人たちから嫌われているのがつらい」と
こられたことがありました。どうしてかというと
「自分がデスクに向かっているときに必ず、あの人は出来ないのに、
どうして会社に来ているのかとか、帰ればいいのに」と
いわれているということでした。

そして「言われたときに振り返ると誰かいるときと、
誰もいないときがあって・・・気配だけするときもあります」

直接顔を見て言ってくるわけではなく、
ご本人もなんだか不思議な感じがするのでご相談にいらしたのですが、
霊的な現象で声が聴こえてくるということもあるのです。
仕事場の土地にいる地縛霊の影響でもありました。

浄霊してからはそういう気配もなくなってきたということも実際あります。


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by dimension-shin | 2012-01-30 09:14 | 霊的な日常 | Comments(0)

霊的な気配

今年は霊的な気配がただならない動きをしているようです。
これまでの過去に埋もれていた問題があらわれてきたり、
ある方は夢の中で得体の知れない黒い魔物に襲われそうになったときに、

その魔物を蹴り飛ばしてくれた存在が出てきたのです。

姿ははっきりとしなかったけれど守りの神だというのは
はっきり伝わり神社の名前まではっきりと伝わってきたというケースもあります。

ここ半年くらいは特に霊的な動きのマイナスが
動きやすくなってきますので、身を守ること、
心を斉一に保つためには日常の自分を思考だけではなく
心を託すことが出来るところへお参りをすることも
邪気を祓ってくれることにもつながります。


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by dimension-shin | 2012-01-29 10:51 | 霊現象 | Comments(0)

心誘われないように

今年の春節(旧暦のお正月)は23日でその日に関東でも雪が降りましたね。
新年というのは改めての年神様を迎えることでもあると同時に、
一年の邪気を祓い清めるときでもあります。

今年はますます自分を取り巻いていた「負」(おいめ、マイナス)や
「邪」(さまたげ、よこしま)に気がつかされることも多くなってくるはずです。


薄皮を剥がされるごとく周囲の負にも邪にも
ほとほと嫌気がさしてくることも増えてくるときです。
けれどもそれは必ず良き展開をもたらしてくる負と邪でもあるのです。

はっきりすればするほど表にさらされることになりますから、
目で見るか心で感じるかはそれぞれですが、
見ないふりはできないし気づかないふりも出来ません。
つらさも伴ってくることもありますが、陰は陽をつなげて運んできてくれます。

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神社やお寺、そしてパワースポットへと心が誘われるのは
三次元を動かしている別の力(世界)への意識がより深まってきているからです。

みえてはいなくても人の心を大きく動かしていく存在もあることを
感じ始めているのかも知れません。

そして悪鬼を追い込むことの出来る「神」への回帰でもあります。
神に出会うことは自分の真に出会うことでもあって気がついてみると
神をさがす心の旅は内面に輝く魂を感じることでもあるのです。

物質だけに幸せの価値観をもとめてきた時代は精神や心魂に
幸せの価値観を見出すときに変わりつつ動いています。


それでも悪意に満ちた言葉をかけてくる人や霊聴には心誘われないようにご用心。



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by dimension-shin | 2012-01-27 09:22 | こころ | Comments(0)

出雲大社

出雲大社(いずもたいしゃ)  <島根県出雲市大社町)

f0215700_16332511.jpgご祭神
大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)
 別名 大黒様(だいこくさま)としたわれています

大きな注連縄でもとても有名です

国土開拓、農業、漁業の基礎をつくり医薬の道を広められた神様
縁結びの神様といわれて幸福をつなぐ(結ぶ)縁結びとして有名
大国主の祭祀を司るのは天穂日命(あめのほひのみこと)

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神話の国譲りのときに、
天照皇大神は現世(うつしよ)の政事を守り、大国主命は隠世(かくりよ)<あの世、黄泉の国>の神事を守ることを約束された。
それが旧暦の10月10日といわれています
10月を他県では神無月(かんなづき)と言われますが、出雲では神在月(かみありづき)といわれています。
引佐の浜で日本全国から集まった八百万神をお迎えする祭祀が現在は11月に行われます。


平成25年まで5月までは大遷宮の修復中で一部シートで覆われていますが、しかしいつもでしたら、もっと奥のご本殿に鎮座されている神魂は、参拝者がお参りをする御仮殿に
お祀りをされていますので、とても近くにおられるともいえます。


出雲大社での参拝は4拍手です
こちらの神社は何かとてつもない力に満ちていることを感じさせてくれますが、隠り世を守られていることを知るとなるほどとも思えるところで

出雲大社ホームページへ
http://www.izumooyashiro.or.jp/
 

〒699-0701
島根県大社町杵築東195

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by dimension-shin | 2012-01-26 09:54 | 神社 お寺 | Comments(0)

空回り

別のことを考えながら話を聞くから頭に入らない
自分否定をしすぎて常に畏れをいだいてしまう
誰かに叱責を受けるか、期待をされていないのではないか


苦と生

身に起こるすべてのことが陰(ネガティブ)の気に覆われたように、
暗い森の中に心魂を閉じ込めてしまうような・・・・・

陽(ポジティブ)を閉じ込めているのは何のせいか? 
おそらく「自分のせいだ」と答えてしまうかもしれません。
「すべて自分が悪いのだろう」と片付けてしまうとしたら、
その考え方そのものが人の意識に入り込んだ霊の存在です。
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自分がすべて悪いのだという理由であきらめようとすることは
すでに人の意識感覚ではないのです。

生きるという人生を獲得してきたからには自然に
先に進んでいこうとすることが出来るはずなのです

確かに日々の出来事の中に原因やきっかけはあったにしても、
人生がやるせないほど生き方に「苦」だけを見出してしまう
そんなことが続いてしまうのは
霊的な影響で気持ちが前進できないこともあります。

生まれて生きて、自分自身の意識だけではなく霊たちの
意識を伴って往往にしてその霊の意識に
心が左右されてしまこともあります。




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by dimension-shin | 2012-01-24 10:20 | 霊的な日常 | Comments(0)

里山、土地神、守り

里山暮らしにあこがれている人も多くなってきました。
実際に里山暮らしの為に都会から地方に引っ越していったご家族もいます。

そのご夫婦も子供さんも家族で地方の暮らしにも馴染むのが早く、
ご主人は近くで農家件漬け物工場を営む会社で働き、
休日は自宅で家族用の畑仕事をする事が楽しみで大変だけど
自然を感じられて力をもらっている気がしていたそうです。

ただしばらくすると畑仕事をしていると何となく
誰かの声がするように感じるようになった。
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誰かに声をかけられているような気配がして
振り返ってみても誰もいない・・・・・そんなことが何度か続き、

あるとき一緒に畑仕事をしていた奥さんに
「いま誰かの声がしなかったか?」と聞いても
「いいえ別に、私は何も話していなかったし誰の声も聞こえなかったけれど」
と言われたり、そういうことが何度か続き、
ご夫婦が私のところへこられたことがありました。


お話を伺っていると、声無き声の存在は悪い感じもしない、
けれども何を言いたいのかを探らなければいけませんので
霊査していきますと「山に来い」という言葉が返ってきました。

霊的な姿は白髪の老人のようで毅然とした姿が出てきます。
山と土地のの守りのようです。

「とにかく一度家の裏手側の一番近くの山へいかれてください
祠があるはずです」とお伝えしましたら、
「そこにはまだ行ってないですが、小さな神社の祠がある」
という話を聞いていたそうです。

山とこの土地を守る、昔からの土地神がいますから
一度ご挨拶にいって、お供えをしてお参りをしてくるようにお伝えしました。
土地を守る為の霊もいるのです


実際このご主人はお参りに出かけてお供えのお酒をもっていくと
その山で声がはっきり聞こえてきたそうです「やっときたか。
よーくきたな」と聞こえてきたのと、

大切に暮らし土地を大事にすることを見守っているぞーという
気持ちも伝わってきたそうです

里山も古くから何代も大切に暮らしてきたところを
守ろうとする意識も強く残っていることもすくなくありません

新しいところへいったらまずは氏神様からお参りをして
住まい始めていくことも、新たに住む土地の縁とつながり
過去の歴史への崇敬の念をもって大切に住まうことの意味でもあります


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by dimension-shin | 2012-01-20 10:02 | 霊現象 | Comments(0)

ポジティブに

自分がいつも周りから
「妙に思われている」のではないかと気に病んでしまう人もいますが、
感性が強すぎて人の思惑を先読みしすぎてしまうことや、
エスカレートしていくと「どうせそうとしか思われていない。

やっぱり自分はそうなんだ・・・・・」または
「またここでも似たような人が自分の悪口を陰で必ず言ってるはずだ。


自分をいつも見ているのではないか・・・・怖い・・・」などと
感受性と想像力の強さと、
悪く思ってしまう意識の連鎖が起こり始めてしまいます。
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本を開いてもインターネットを見ていても書いてある文章に、
誰かがこういうことを思っているとか、
絶対そうだ?とすべてを自分につなげて見て
感じとってしまいがちになることもあります。

疑いを持った自分の心はさまざまなことに
拒絶感をもたらして動きづらさを僧服させてしまうこともあります。


霊的にはそういう感情を持った霊が憑いてきてしまいます。
浄霊していくことは可能です。

そしてご自分の持つポジティブな明るさが戻ってきたときに、
人との折り合いも変化し楽しいことも感じられてきたときに
「自分はこれまで不幸だったから、
幸せに楽しくなってはいけないのではないか?」という気もちを持たないことです。

ネガティブなことを呼び込んでしまうよりも
自分の良き状況に対して素直に祝福していく気もちが喜びをくれます。



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by dimension-shin | 2012-01-19 09:31 | 霊的な日常 | Comments(0)
ある家で亡くなった曽祖父の代からあった、
庭の樹齢100年ほどの木を切ることになったそうで、
木は病気でもないけれど樹齢百年の木は庭にかなり根もはっていた。

それはご家族が大切にしてきたので
さほど問題にはならなかったようですが、
庭の敷地の境界線を越えて根は塀の下から家の外にも伸びていたのと、
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これまでは人の通ることもなかったので誰も気にしなかったが、
道路になってしまうということで木を切ることになったそうで、
ある日その家の娘さんが仕事を終えて夕方家の前に着いて、

ふっと家の屋根の上のほうを見上げると
家の裏手の庭のあるほうから家の屋根を通り過ぎて、
長い帯のような光がすごい速さで、遠く離れた
小高い山の林のほうへ消えていくのがみえた・・・一瞬のこと。

急いで家に入り母親に話すと
「あら話してなかったけど今日、庭の木を植木屋さんが来て切ったからね、
もしかしたら木の霊かエネルギーかもね」とあっさり言われたそうですが、
樹木の精霊(木霊=こだま)をみる方もいます。


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by dimension-shin | 2012-01-16 09:56 | 霊現象 | Comments(0)

心の中のやりとり

なぜに人生はおもしろいかつまらないか、
毎日呼吸して寝て食べて生きていかなければならないのだろうか
それでどうして死んでいかなければならないどうせ死んでいくのなら、
どうして生まれてきたのか
宇宙の一部が物質化をしていかなければならないことが必要となります。
それは生命体の物質的な存在が宇宙にとっては非常に必要であることには違いありません

ちっぽけな人間一人一人がどうして大切なのか、
ノーベル賞でもいただけるようなずば抜けた能力や
人格的にも秀でたものを持っている人ならまだしも、

何の取り柄もない人がどうして必要なのか、
人は生まれて生きてのくりかえし、子供を産んで育てて・・・、
喜んで楽しんで、悩んで苦しんで考えて押し寄せる波を次から次へと
乗り越えて次から次への揺れ動きー
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子供に恵まれた生活を送る人もいれば
家庭も持たずに生涯を生きる人もいます。
どのような生き方で人はどういう形であろうとも
その人の人生を全うしていかなければならないのです

自分が否応なく望んで生まれ持ったこの性格と環境と人生を
自らの意志で幸せに導いていかなければなりません。

いまの人生に忸怩たる思いがあるとしても
それをどういう形に変化させて、自らの心を幸福にして行かれるかで
人生の仕上がりもかわってくるものです


肉体と意識は同じでもありときには別物でもあり、
意識に肉体が追いつかないこともあれば
意識だけが自分の周辺を無視してしまうと
心と体がスムーズに動かないこともあります。

あくまでも人はこの体の精神と頭脳でできる限り
自分自身をコントロールしていかなければならないのです
誰もがうらやむ環境に生まれてきても苦労はあるものです
悪い性格に生まれてきた人もいます。

必ず人を傷つけてしまう悪心があるとしたら、
その悪心とどこまで戦うことができるかでも人生の価値を霊界では問われます

たとえば人のお金を平気で奪おうとする自分の悪心の性格があるとしたら、
やめるように善良なる自分の心が押さえることができるか否かが、
今生の自分に科せられた意識の戦いです。

人として持って生まれた性格の考え方、受け取りかた、
個人の個性と感情の走りかたは異なります
何かにつけて人をバカにする「性格」なら
そういう気持ちをなるべくおさえる努力を、
悪いことを考えてしまいそうな我が身の心を戒めることは
自分の悪心との戦いでもあります。

それらに負けてしまうとその悪心に自らが従ってしまうのです
それを霊にとりつかれたとも言えますが、人間が判断力を失ってしまうと
心を操られてしまうことにもなる結果にもつながります

どれほどにきつい人生の中でもどれだけバランスを保つことができるか
悪心に対峙できるかということも大切な学びです
ハリーポッターの物語ではありませんが、悪は弱い心、
慢心した独占欲を食い物にしてエネルギーとしていきます。

戦いは物質レベルで人の内面で常に起こり、
感受性や霊感のある人のほうが先に影響を受けやすいことも確かですが、
人の持つ愛という深い思いやりが悪心を押さえていく原動力でもありますし
霊的なことで解決されていくほうがおさまることも早いのです。

ときには何事にも心の中のやりとりが否定的な自分との戦いでもあります。
善と悪の戦いは個人レベルで常に判断させられ常に戦っているともいえます。
そして人生では何事にも振り回されない心と魂を物質的な三次元で
短期間に成し遂げていく意味も持っているのです。
霊能者はそういう個人の状態も見抜いていくことも大事な役割だと思っています。

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by dimension-shin | 2012-01-14 00:45 | Comments(0)

なんでもパワースポット

パワースポットや神社仏閣への参拝もブームですが、
ブームに乗って何でもかんでもパワースポットになってしまっている嫌いがあります。

パワーの中でもプラスが強いところとマイナスが強いところとがあり
人によってはダメージスポットになってしまうこともあります。

パワースポットに行ってきたのに体調が崩れてしまう方もいますから、
実際にいかれたときに少しでも自分に合わないところだと感じたときには
人によって波長の強弱が異なりますから無理をしないことです。

ただ御利益だけでいくことよりも、自分の感覚を大切にしてください
神社仏閣がブームになってきていることの一つは、
人は見えないつながりで不思議な縁をもたらされて、
連綿と続いてきた歴史の中でつながりの中で共生している空間にある
スピリチュアルな存在に感性が重きをおきだしています
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見える世界と見えない世界が、共にありながら
現実的には常に姿を見ることのない世界の神仏守護霊たちの大切なこと
この世に肉体を持って生きるもの

体をもたずに空気のように存在する意識の働きかけがなければ、
人も自然界も存在しないことに「気づき」が
おこりはじめているからこそブームがきているのです。

不思議なことや現象、出来事にも出合ってくることも多くなります。
スピリチュアルブームはよろこばしいことの一つですが、
反面人が呼び寄せ頼り崇めてきた神仏をほっておくと、
邪霊の住処にもなってしまうことがあります

思いを念入れしたものを粗末におろそかにしないように。
お札でもお守りでも出来る限りは同じところへ
お礼参りに行かれて返されることがよいですが、
遠方でどうしてもいかれないときには、
お近くの神社でお願いして返してください。

感謝の気持ちを持つことで必要なパワーがチャージできるのです。



 



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by dimension-shin | 2012-01-13 09:30 | こころ | Comments(0)