霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

人も心も魂も常に流動していますから、「神界」といわれる世界をときどき垣間みて(感じとって)いることもあるのではないでしょうか。

「霊」を垣間みることも、同じ空間に通常では見えない世界でありながら、この3次元の世界から4次元5次元など異次元が巧妙に隠されているともいわれます。

が、気づいていないほんの瞬間に異次元とコンタクトしていることも多々あるのではないでしょうか。

「思い」の世界や「霊的」な世界は4次元空間に存在しているといわれます。

神界の世界になると定かなことではありませんが、それ以上の次元の存在であるといえると思います。
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神を信じたらお金が入るとか、拝んだら何でも願いごとがかなうということでもなく、神に対して手を合わせたり、心を合わせようとする思いが、純粋に自分自身に内在する魂の光とつながって、生きるための力と、内側の感受力がエネルギーの補給をしていくようなことであると思います。

見えないけれど、ときどきは「魂のエネルギーの補給」のためにも神社にでかけて、心を落ち着かせてくることもよいですよ。

信仰はそれぞれですから行かれるところも違うかもしれませんが、真理は結ばれていると信じています。

宗教に限らなくても、自然にふれあう機会をつくることでも充分ですが、「人としてすべてのつながりによって、生かされていることを知って慢心しないように」 大切なひとときをつくることで心身ともに開放感を得られていくこともできます。

神界も霊界も「垣間みるというのは、見ることではなく感じとっていること」 だと思います。自分でもすごく良い発想や、「生きるために支えてくれるみえない存在があること」 を受け取れるのではないでしょうか。



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# by dimension-shin | 2007-10-18 17:21 | 精神世界 | Comments(2)

思うようにはいかない


自分が思うように都合よく物事は運ばないことが多いです。

まず人生は予想外のことばかりの連続ではないでしょうか。その予想外のことが起きると驚きと戸惑いで立ち往生してしまう事にもなってしまいます。
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人一倍に感受性が強い場合には起こる出来事に対しての反応が傷つきやすく精神的なダメージを受けやすくなってしまうこともあります。


戸惑って止まってしまう。そのため「感情が内向」してしまうような感覚で「喜怒哀楽」が希薄になっていくのです。自分の身のまわりで起こったことが、すべて憂鬱になってくるし、ダメだダメだという思いだけが先行してしまいます。


いまの生活が問題ならばすべてから離れれば良いかというと、自分自身が不安要素をクリアできないことには、精神的に問題解決はされていかないのです。すべてから逃げる事になってしまうだけです。


人生の中で予想外のことが起きても、生きるための一部として、受け入れることが大切ですし、例えそれがマイナスなことだとしても、「でもどうすれば早く解決できるか」答えはその場で出なくても、哀れんで嘆いているよりも、できることから、それこそ目の前の必要なことから一歩ずつ進むことです。


仮に「外へ出るためには、立ち上がって玄関に行って、靴を履いてドアを開けて」という動作が必要なように「いま何ができるか、そして何から始めるか」小さなことから考えるだけです

楽しく感じられないことのもう一つの要因は霊的に背負い込んでしまう事があります。ただそれもすべての要因ではありませんが、気持ちのひずみとドンドン連動してしまう事もあります。


できる限り予想外の事柄を受け入れて、楽しんでいく気持ちに切り換えてみることで心の景色も変わるのではないでしょうか。


自分にとって負担になる予想外の出来事はたくさん訪れますが、焦らずに自分なりの自然体で動く努力をするしかありません。いまできること、どこかで聞いたセリフ「小さなことからコツコツと」しあわせひとつ。



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# by dimension-shin | 2007-10-16 15:04 | 霊的な日常 | Comments(3)

もたらされてきた幸運

どこかにあるしあわせ

どこにいけば会えるのか

誰がしあわせをくれるのか

しあわせの定義は人それぞれ

お金持ち! 健康! 言う事を全部聞いてくれる人! よい仕事!
絵に描いたような家族! 素晴らしい容姿! 恋人! などなど。

それらがもしすべて叶ったなら、「しあわせ」 かもしれません。a0097419_15582655.jpg

しかし、いままでにお会いした方のお一人に、これらのほとんどを兼ね備えている方がおられましたが、「確かに自分のまわりに不満はありませんが、しあわせも感じられない」 という方がいました。

友人にも「どこが気に入らなくて幸福感がないの?」 といわれたそうです。

悲しいわけではないけれど、「充実感もなく生きているだけのようです」 というご相談を受けたことがありました。

しあわせに対しての感覚麻痺かなとも思いましたが、お金持ちで不自由がなくても、そんなこととは関係なく、むしろこの方の心と魂の感覚がどこか取り残されてしまっているような、淋しげなものを感じました。前世なども関わっていましたが、いま大事なのはこの方が与えられた宿命の中で、「どう生きるか!」 が大切なことです。

信じていない、信じきれていない身の置き所のなさを感じました。笑顔もまったくないのです。

何を信じるにも「まずは自分から信じられなければ始まりません」 はじめの一歩。


この方は、周りの状況に振りまわされるだけではなく、「自分の心にもっと信頼と愛情を傾ける」ことに注意を向けていくことで、徐々に微笑みから笑顔に変化していきましたが、「目覚めて窓を開けて朝の空気を吸い込むこともしあわせなのだ」 思うようになったそうです。


しあわせが舞い込んでくるのは心から感謝があってこそではないでしょうか。

右から左にしあわせを受け流すことなく、些細なことにもしあわせさがし。



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# by dimension-shin | 2007-10-09 15:58 | 霊的な日常 | Comments(2)

生まれ変わりについて 


いま生きている、この「体と心」でそっくりそのままに生まれ変わりということではありません。

この一つの人生にはこの「心と体」だけです。

でもこの一生を終わって、「死」をむかえて体という肉体が消えていくと霊体が残ります。

その霊体もやがて脱ぎ捨てる時期が来ると、「魂」が残されて、魂の本質の世界に戻ります。

分けて考えていくとそういうことになりますが、すべてが一本の糸のように、つながり続けています。

魂の本質というのは、次元の違う世界で捉えるしかありませんが、自分が戻るのは自分が生み出されてきた「魂のふるさと、親元である精神的な世界の空間」でもあるのではないかと思います。

一つの人生を終えた魂が親元に戻り、人生の中で「見て、学んで、感じとることにより」 培ったすべての成長を蓄えていきます。
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ですから、前世とか過去世に関して「魂の世界から」は、それぞれが一部分の魂をたずさえて、いくつもの人生を歩み、体験していくことになります。


そのため、極端なことをいいますと、同じ魂から生まれ変わっても、もしかしたら前世でとても歌が上手くても、次の人生では音痴かもしれないということです。


逆に前世で歌が好きで上手だったから、この人生で歌って人を感動させる役目をもった人もいることになります。

それは違う人生ではありますが、歌の上手いという特徴の一部分が強く働きかけているのです。

体で例えるならば、何十兆個もの細胞の一つがその特徴をもたらしているように、ほんの一部が前世や過去生とつながりをもたらされています。


それが大きく関わってくる人も、そうでない人もおられると思います。

先ほどの話に戻しますと、それでも、「歌で人を感動させる以外での、苦労もまた人生につけ加えてきています」から、それぞれの試練を乗り越えていかなくてはなりません。


多くの場合、良いところは少ししか、もたらされてきていません。足りないところは人生でできる限り学んできなさいというようなものです。


魂の世界からいいますと、「生まれ変わりはあります」

けれどこの姿をもつ同じ姿ではありませんから、二度とないこの一生を「宝」にして、日々よき明日に向かわれますように。




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# by dimension-shin | 2007-10-07 20:40 | 精神世界 | Comments(1)
生まれてくる場所は、過去からのつながりのもとで決められてくると思います。

「縁が深ければ、前世や過去世にかかわりの強かったところ」 に生まれてくるでしょうし、少なくとも「ここに」生まれてこなければならない理由は、魂のせ界をたどればあきらかではないかと思えます。
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そして生まれたからには、「住むところ」です。

 ほとんどの場合、幼いときには親の住むところが、共に住むところになるわけです。

けれども大人になって、独立してくると、今度は自分の 「縁」 そのものです。

もちろんしがらみはありますが、それも含めて自身の縁でもあります。

家を守り、同じところに住む人もいますし、仕事でどうしても別のところに何度か移る人もいます。

またはせっかく越したのに霊的現象などがあると特にそうなのですが、引越してしまうケースもあります。


そして特別に嫌なことがなくても、逃げをとることでもなく、「次の何か?」 を求めて住むところを変えていく人もいます。

見えない何かに心が向けられ引っ張られているかもしれない。

冒険心も強いかもしれない。

それならば、こういう考えを持つとよいかもしれません。

「新たな自分を見出したくてそうしている」 

「過去世も含めた自分の魂の過去に、そしてこれから出合う人や、ことがらのすべてに感謝をしていくためにそこへいく」 

というようにスピリチュアルな感性で考えると、より奥行きが広がるのではないでしょうか。


そして、よき出会いと感謝と一期一会を大切に、

人にも空にも大地へも「心癒して癒されて」

心と魂がいつでもコラボしていることがしあわせです。


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# by dimension-shin | 2007-10-03 16:26 | 霊的な日常 | Comments(1)

子供の声

デパートにでかけたときに、子供用品のあたりで4才くらいの男の子が泣いていた

「ものすごく大きな声で」「フロア中にトドロキ渡る泣き声で皆振り返る!

耳をツンザクような泣き声に何を言っているのかわからない」

「アッわかった!おかあさ~ん」 と言ってるが涙と鼻みず声で「ウガァ~オゥざ~ん」になってしまっているのでした。

即座に店員さんが飛んできたが、よけいに声は大きくなるばかり、皆集まってくる。

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1分程してから、母親が戻って来たのです。皆が集まっているのに驚いた様子で、

「すみませんと申し訳なさそうにいいながら、男の子を抱きとめて、即座に子供さんも母親にしがみついた」

「泣き声も同時にピタッと止んだ」 静かに周囲の皆さんが解散した(私も)

この母親は子供用品のちょっとおもちゃがあるところでこの子を遊ばせている途中に、すぐ横にあるトイレに行ってたようです。


子供の泣き声は周波数も高いし、このように誰もが振り返るくらい声が響きます!

だからもし、親とはぐれても自分が一番訴えられる事は、泣いて叫んで

「自分はここにいるよ」

ということが子供の言葉でもあるのだと思います。一生懸命に訴えている。

遊んでいるときも「キャッキャッ~」と大きな声で自分がここにいることを無意識のうちに親に伝えているのですから、子供さんサイドからのコミュニケーションの証でもあります。

それを実の親が理解してあげられないことは悲しいことです。


子供さんは、体の具合が悪くても泣いて知らせますが、わが子を疎んじることがないように、言葉もままならない幼い子はいつも親の保護と愛情を感じとろうとしていているのです。大人以上に、心と魂の会話で自分をアピールし、また親と離れないために必死につなぎ求めているのです。

しあわせになるために

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# by dimension-shin | 2007-10-02 11:38 | Comments(1)

時のながれ

人が亡くなって強い思いを残したときに思う心は残り、体は「無い」ということになります。

「そうなると思うことだけが時の流れを越えて居残る」「居座る」ようなもので、黙っていたらその思いが風化されるのならよいけれど、その思いを生きている人につなげて行こうとすることもあります。

これが世のため人のために動かそうとするならよいのですが、逆に人を使って勝手な欲がらみの思いを果たしていこうとする霊もいます。


例えば「自分だけがつらい思いをしたのだから皆が敵だ!」など「思いだけが残る」「それも過去の時間のまま残るわけですから」こういう霊の意識にとり憑かれると後ろ向きになりやすい。


落ちこむと過去の嫌な事ばかりが頭の中に浮かんでくる事もあり際限なく過去を責め続けてしまわないように「時は流れている」ことを忘れずに、マイナス意識に心を奪われないように。


生きる人はプラス思考と、時間の中で進んでいかなければなりませんから過去にばかり捉われたり、縛られたりはしていられません。よき未来のために。

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# by dimension-shin | 2007-09-13 14:48 | 精神世界 | Comments(3)

背負い込む


心配事が解決されたときに胸が軽くなり、肩の荷がおりたようだと感じたことはありませんか?

悩みごとも苦労も背負いこむと表現されることがありますが、それは胸が重苦しくなったりと量れる重さとは違いますが、悩みごとを抱えているときにも精神的に気持ちの重さが増してくることはあります。

普通は一つひとつの問題が解決されていくと身も心も軽くなっていくものですが、「霊的な影響を受けているときには特別な悩みを抱えていなくても心の重さや肩や体の重さを感じる方もいます」。

そういう現象を体験された方でなくては理解しづらいかも知れませんが、霊的問題を背負いこむように重さを感じられていることもあります。


ある方のお電話をいただいた瞬間に体の重さを感じることもあります。


ものすごく重いものを背負い込んでいるように感じ重い石を乗せられたようにズシンと伝わってくることもあります。

「霊」「お化け」を背負っていると思われることもあるようですが、視かたによってはそういうこともありますが、霊の思いを背負い込んでいるのです。


悩みごとを抱えているときにも、心も体も重くなったように感じられるように、「霊」の思いを背負いこんでしまう場合にもこのような状態を引き起こしてきます。


背負い込んだら背負い投げというわけにはいかないですが、そのくらいの気迫は必要です。


自身の気迫が祓う力でもあります。
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# by dimension-shin | 2007-09-12 11:38 | 霊現象 | Comments(1)

悲しみを喜びに変えて


ゆっくりでいいからそうしてみませんか?

幸せな時代のはずなのに、人生に悲しんでいる。 

人と比べたらきりがない、人と同じでもつまらない。

人よりグレードが高くても満足しない。満足したとたんに次のことに
悲しいと感じることは「楽しい」を知っているからです。
a0097419_11142681.jpgつらいと思うのも「楽しいを知っている」からこそです。

死んだほうがましだと思うときは、「生きたい」気持ちの裏がえしです。

人が笑っているから自分よりは楽しいのだろうと思うのは、「楽しいを知っているからその想像ができるのです」から。

悲しみを喜びに変えるためには、深い悲しみが人生に与えてくれたものをもう一度見直して、人としての意識だけでとらわれないで、スピリチュアルな自分も内面にいることを忘れることなく。

見るもの、聞くもの、とらえる角度により伝え方が大幅に変化してくる情報に惑わされ流される事なく、今ここにいる自分を受け止めて心で抱きしめて。

悲しいとき、つらいとき誰かに何かを求めたくなるけれど、誰かに何かをして助けてあげることで自分も楽になるときもあるのですよ



   人のことを悪く言ってもキリがない
   人のせいにしてもキリがない
   自分を責めてもキリがない
   どれもが自分を不幸にするばかり

   人のおかげで自分も成長できる 
   人が自分を育ててくれる、
   助けたら助けてくれる

   恩を着せたら疎まれる
   着せる恩など意味がない

   ほめてもほめられても嬉しい
   笑顔を向ければ丸くなる

   悲しみを経験したら喜びの深さがわかる
   人の悲しみをやさしい心で受け入れて
   「でも」まずは自分から

 
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# by dimension-shin | 2007-09-11 11:12 | 矛盾 | Comments(4)

言葉一つ

街を歩いているときに少し狭い道路などで、すれ違うときに同じほうに体をよせてしまい互いに行く先をふさいでしまう事ってたまにありますが、それが2、3度も同じほうへよけあってしまったりしませんか?

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そんなときに、どちらも悪いわけでもないけれど「すみません」「失礼しました」と言えると、相手もほとんどの人は「こちらこそ」となるでしょうし、互いに笑顔が出るかもしれません、少なくとも怒る事はないですよね。


先日、新宿へ出たときにこれとは逆の光景をみました。

男性同士がすれ違いざまに少しぶつかったらしくて「ちぇっ!」と言ったとたんもう一人の男性が「なんだよ!」っと大声を上げていました。

一人の男性のほうが足早に去って行ってしまいましたから、それ以上のトラブルにはならなかったものの、言葉一つでも人の心は左右されるものではないでしょうか。

言葉ケチにならないように。

嬉しい言葉は精神的にも大きな贈り物になるはずです。わたしは気どった言葉も使えませんけれど、ガサツな言葉でも思いやりが込められていたら通じると信じています。

いくらきれいな言葉でも心が入らなければ「言霊」はつながっていかないのではないでしょうか。美しい言葉は素敵です。


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# by dimension-shin | 2007-09-09 22:52 | 霊的な日常 | Comments(2)