霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

二重人格

自分以外の人と接するときに多くの場合、「接待モード」になって気を使っているものです。

たとえば朝、家族と喧嘩をした日に学校や仕事場に行っても何事もなかったように、他の人達には挨拶をし、なるべく平静を装って普通の会話をするように心がけるものです。

一部親しい友人には愚痴をこぼすかもしれませんが、なるべく関係のない人には喧嘩やトラブルのことは話さないし、話したくないものです。常に心は感情のコントロールをしていくようにがんばっています。

ただ感情の起伏が激しく、感情をコントロールできなくなると抑えているつもりでも、継続してしまい、これではいけないと思う自分の気持ちの中にそれを否定するかのような感情が、「怒りであったり」「人を責めることだったり」「自分を責めることであったり」など・・・・。

とめどなく気持ちの中に別の意識がいるような感覚が続いてくるときには、霊的な影響も受けていることもあります。

霊的なものの意識は人間がマイナス意識に陥ったときに入り込みやすくなります。

自分は二重人格ではないかと思うくらい、いつもの自分とかけ離れた感覚があったり、ただ霊の意識に操られてしまうと、自分の感情に戻りづらくなってしまい、人格が変わることもあります。

ご本人の意識に戻していかなくてはなりませんが、第一に理解していくには自分ではなくて霊的な仕業であることを受け入れることです。

意識の中で振り分けて霊と自分の違いを浮き出して行かなければなりません。

ご相談する際にはご本人とお話しながら、霊的な意識との交信をして振り分けていきます。はじめは自分が思うことだから自分ですよねと言われる方もいますが、感覚意識にも霊は憑くということをまず一番に知っていただきたいのです。

霊的にみれば、多重人格といわれる問題にもかなり霊的な問題が関わっているのですが、霊的に違うものが入れ替わっている場合もありますが、同じ霊意識(低級霊)が違う人格であるがごとくに動いている場合もあります。

人生はさまざまな不満も多いですが、「自分を生きる」ことが第一のしあわせでもあります。

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# by dimension-shin | 2007-04-24 11:28 | 霊的な日常 | Comments(0)

散歩


覚えている範囲では小学生の頃から、すごく地味なことですが一人で散歩をすることが好きだった(根暗かな)。友人と遊ぶことも好きだったけれど、そういう時間とはまた別の趣味のようなものでした。

当時は一人でボーっと歩きながら空を見上げて神様は本当にいるのかな?などと考えていましたが、今でも散歩をすることは大好きです。

あまり車が通らない道を選んで
・ ゆっくり歩く
・ 風景を眺めながら歩く
・ ボーっと歩く

最近はテレビで「散歩の番組」までありちょっとしたブームですが、リラックスしてゆったりと歩くというのは、一つの瞑想タイムにもなります。

心に意識を向けながら、自問自答していくことで意外と言葉が湧いてきたりしますよ。

疲れた意識を休ませてリフレッシュでき、発想やビジョンのヒントも出てくることも多いです。

お時間のあるときにはおすすめします。見上げた空の美しさ、いつもは気にもとめない道端の花に目がいくことも、散歩中の子犬もいたり、小さなしあわせと出会ってください。


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# by dimension-shin | 2007-04-23 21:07 | Comments(2)

神様に関してさまざまなご意見をもたれている方がおられると思いますが、最終的にはそういう「思いの中に神は存在をしている」と感じています。

神様は白い衣装を身にまとい、光と共に出現されてくるということは物理的に、素晴らしい高次元の意識を、人間サイドで姿にあらわされて、美辞麗句を最大限に表現した形であると思います。

それ程に例えようのない存在であるのです。

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精神世界で考えるとしたら、神は「ある」と表現したほうがよいと思います。
神はあるかないかと聞かれるなら「ある」という存在です。

神を信じるか?信じないか?と問われれば「もちろん信じています」。

神はいますというのは、もっとより形にお祀りしたり、建造物を建てたりして「神」の存在を置かれる場所にされたときに、厳かにそこに神様がいますという神域を整え、神の御魂の宿るところになり、人の心の拠り所にもなってきたのだと思います。

人の心がきりっと引き締まるところで、神に思いをはせることができるとしあわせの容量がより深くなると思います。

空を見上げているだけでもよいですし、ようするに大自然と大宇宙とつながる自分を受け止める空間は必要ではないでしょうか。


加藤眞澄
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# by dimension-shin | 2007-04-23 20:58 | 精神世界 | Comments(0)

不安の連鎖


犠牲者32人を出した米国の大学生の銃乱による事件。NASAでも人質立てこもり、日本でも立てこもりや人質事件。政治家の射殺、殺人があげてもきりがないほどに事件が引き起こされています。

逮捕前に他人事のように話したり、自分も被害者であるとインタビューに答えていたりする。

 犯人はいずれもサディスティックでもあり、自身の犯罪理由を人のせいにして恨みになっているケースが多いようです。

すべての人の人生に宿命はありますが、うまくいかないことをすべて他人のせいにしてしまうことは結局自分を追い込んでしまうことになります。


人を犠牲にして犯罪後に自殺をすることになるか、自傷行為に走る。人に対しても自分に対しても愛のかけらも無くしています。


このような時代で、あちらこちらで悪の意識の連鎖反応が噴き出しています。

悪い気が湧出してくることにより、ごく一般の事件などとはまったく関係がない方でも、言い知れない不安に襲われるようで、悪い霊に操られたり以前経験したような辛いことにまた引き戻されるのではないかといった不安感に見舞われるのです。

精神世界や霊的な存在を意識せざるを得ない体質を持たれている方にはとてもしんどい時期でもありますし霊的なものに操られてしまうのではないかとまたまた不安材料になってしまいます。

悪意識の霊が欲しがるのものの一つは、人の不安の感覚感情でもあります。

霊意識と戦うことができるのは、自分自身を愛せることで、好きになることからはじめればよいことだけです。

でも意外と自分の好きなところがない! と言う人が多い・・・・・・・・。

友人と会っているときが楽しくて好き、気に入っている音楽を聴いていることが好き、旅行が好きなどなど、小さな好きなこと探しから自分を愛せていければ不安感情はゆるやかになってきますし不安の連鎖は途切れてくれます。

どうしても悪いものに目が行きがちになってしまいますが、しあわせの連鎖ももっとたくさん表面化されてくると思います。

      

加藤眞澄ディメンションHP
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# by dimension-shin | 2007-04-23 20:39 | 精神世界 | Comments(0)
お稲荷様に限りませんが、ご自宅の敷地でお祀りをされていたり、いつの時代からあるのかわからないし、後を継いでおまつりし続けていくことは自信がない方もおられると思います。

きちんとおまつりしつづけることができない、宗教上の理由で問題がある、家を離れるもしくは敷地を利用するために、祀り続けていくことができない。

これらの理由でおまつりができないことになるようでしたらきちんと祀られている系統の神社にお願いをして、神主さんに御祓いをしていただいて、丁重にお礼と感謝を心より伝え、きちんとお清めすることが必要です。 

「粗末にするくらいなら」という意味です。

ただ取り去ることを奨励しているわけではありません。時代的にお祀りが不可能になられる方も多いため、無視をしていただきたくないためです。
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粗末にして、例えは悪いですが踏みつけるようなことがあると、霊的にも災いがあることもありますが、後を継がれてつづけていかれる自信がない方もいます。

けれどはじめから投げ出すのではなく、月に一度でも敷地の神様にお塩・お酒・お米・お水をお供えして手を合わせられるのであれば、すぐにお祀りすることをやめようとする必要はありません。

一年くらいでも精一杯しっかり守り、守られていかれてみてからでも結論は遅くありません。

霊的な問題になりますと、それぞれのことがあり、祀られたいわれや、神様をお招きしたことで土地のしずめをされている場合もありますが、詳細はご相談いただかないとお家によって異なります。

一般的なお話をすれば、どうしても祀る事ができない場合には、個人のお家により異なりますが、同じような系統の神社か、氏神さんに頼まれたほうがよいでしょう。

いずれにしても、ご先祖が厚く信仰されてきた存在ですから、心を込めてきちんとされることが大切です。神祀りされた以上は礼を尽くしてこそしあわせが訪れてきます。


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# by dimension-shin | 2007-04-19 18:21 | 霊的な日常 | Comments(0)

あなたも「霊」です

お化けや幽霊、亡霊と呼ばれている存在は亡くなっても、この世に未練の意識が強く残っている状態です。

体はなく意識(体)なので、人でもなく、霊体でもなく、宙ぶらりんな位置の意識世界にいます。

ときとしてこの意識体が人の意識と体に入り込んでしまうことがありますが、霊現象を引き起こす一つの原因でもあります。
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おとなしい意識ならまだしも、乱暴で粗雑な意識も入り込んできたりするケースもあります。霊的なことに敏感な方では感受しやすいアンテナを備えているようなものです。

感性は皆さんそれぞれに違いがありますが、まぎれもなく誰もが肉体の存在であり、心や意識に日々の出来事にデリケートに反応しています。


人は社会や他の人に支えられて自分と言う存在は物質的には頭脳や肉体に覆われて支えられていますが、精神的には心と意識と霊性により支えられています。

そしてその奥行きには魂が存在しています。

これらの存在が常に同一なレベルであることが理想ですが、思考だけが頭でっかちに先行してしまうこともありますし、空想に浸りすぎたり、恋愛や仕事における対人関係でも感情が一人歩きしてしまうようなこともあります。


心身&霊性のバランスがとりづらいときには、思考と感情と行動が一致できないことや、または感情的に行動をおこしてしまうなど、自分でいながらも内面が心身と霊性とが不調和でバラバラになってしまいます。


時間が過ぎて、あの時はつい感情的になってしまったと思うことは大概の方が経験を持たれていると思います。

もう少し冷静に対処して、今度からは行動し気持ちを落ち着かせよう、気をつけようと思い改める時点で、心身&霊性は、より一体感を増してきます。


体は物質と精神的なことを多く司る複合体でもあります。それを一つの存在として維持していくことは大変なことです。

人として生まれてきた価値と類まれな経験を豊富に積みながら、乗り越え方を学んでいるのだと思います。

そして乗り越えていくたびに、「ほっとするしあわせ」がつかの間でも訪れてきますが、それが次の一歩への大きな支えになってくれるのです。
物質はすべて分子でできていて分子は原子の集合体から成り立っているようですが、肉体的な部分は認識できますが、霊性や魂の世界になると、もっと微細な感覚世界でもあり、多重な次元だと思います。

しかし次元で考えてもさっぱりわからない、ただわかることは人は、目で見える物質(体)と目で見えない霊性(心)という内的な存在でもあることです。



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# by dimension-shin | 2007-04-18 13:44 | 霊現象 | Comments(0)

ビーイング


10年ほど前から、たまにご相談にこられていた女性の方がいます。

仕事に就いても仕事場の場所や応対したときの相手によっては霊的なものを受けてしまう、親戚の方の亡くなることも予言したり、またその方が亡くなると、女性の口をかりて話をしてくることもありました。

そんな状態ですから、仕事もしばらく辞めて家にいることになって、そのうち霊がエスカレートしてきて、昔亡くなった親戚のものだが供養してもらっていないと、言い始めたのです。

それもこの女性も元々強かったのですが、大量にお酒を飲むようになり、一晩中飲みながら家族を起こして、どこの誰だと名乗り話しつづけて大声を出すこともありました。

翌日ご家族が女性に聞いてみるとまったく覚えていないと話したそうです。

幼い頃からこの女性は霊感が強かったのですが、徐々にコントロールを失ってしまい低級霊に操られてしまうようになりました。

浄霊だけですべてとれる状況ではありませんから、何度かお会いしてまず霊的な意識にコントロールされていることから、自身の意識の存在が、このように外部から進入してくるような意識霊の存在をシャットアウトできる力を蓄えていくために、ご本人の心霊に語りかけていきます。
少しずつ落ちついてご本人らしさが取り戻されてきて、お酒の量も減ってはきましたが、好きなお酒はやめられないと飲み続けていました.

霊的に動かされやすい方にはよいことではありませんが、また同じようになるかならないかは、ここまで来るともうご自分の選択しかありません。

ご家族の方も、もう心配されるよりご本人に任せて余計な意見を言わずに見守るようになり、しばらくしてご本人がお酒をまったく飲まなくなりました。自分の存在が決断をしたのです。

この方は同時に医師の治療も受けておられましたが、担当医の方も、霊的なことに対しても肯定的なご意見をもたれておられる先生で、おしつけの治療でなかったこともよかったと思います。

*霊現象は自身がしっかりしていても起こることです。そのときに善きものに出合うか、良くないものに操られるか、しかしそれを切り抜けた後に、自分の存在がより以上に輝き新たなしあわせをもたらすことができます。


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# by dimension-shin | 2007-04-17 11:50 | 霊現象 | Comments(0)

人が怖い

                                                a0097419_1452457.jpg
人と目を合わせることが苦手だったり、怖いと感じることは、消極的な人だからとは限りません。

霊感の強い人もときとしてこのような現象をおこすことがあります。

普通の奥様が急に人に対して恐怖感をもたれ、ご主人以外の人とは顔もうつむいたまま、もちろん目を合わすこともしないし、ほとんど話もできない状態になり明るくテキパキとされていた奥様とは別人になってしまったというご相談を受けたことがありました。


病院も行かれ治療や薬も処方してもらったがあまり変化がなく、もしかしたら霊的なことがあるのかという半信半疑で来られたのでした。

ご主人と共にこられましたが、ご主人の背中に隠れるようにうつむいた状態でした。仲の良かった弟さんが少し前に亡くなられたようで、奥様がこうなった要因の一つでもあると思われます。

要因の一つというのは、亡くなった方の意識がまだ思いが残る淋しさと、この奥様の心配と悲しみとが連動してしまい、マイナス思考に入り込んでしまった状態です。


亡くなった方への思いの説得と、奥様ご本人へは気持ちの入れかえを、されていかなければならないことをお話して浄霊をし、ご相談を終わる頃にはお顔を上げてお話をされて笑顔も出てこられました。

表情がずいぶん明るくなってこられたので「ホッとして、こちらもしあわせをもらうことができました」。


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加藤眞澄                   
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# by dimension-shin | 2007-04-16 15:04 | 霊現象 | Comments(0)

代理出産の是非

アメリカでは代理出産が認められていますが、日本でも現実的な問題になってきています。

代理出産をボランティアで引き受けてくれる女性を公に募集した産婦人科医師に医師会が厳重注意を促していくそうですが、日本では時間をかけて慎重に考慮していくべきだと思います。  

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本当にお子さんが欲しくても生むことができない身体の方はお辛いことであると思います。

今の科学では代理母が出産してくれるならお子さんをもたれることも可能ですが、先ごろアメリカでお子さんを授かった芸能界の方もおられますが、裁判にしても大変な苦労をされています。

日本では時代のさきがけですから、社会においては大変な苦労をされるのはやむを得ないとは思います。強い方ですし、お子さんも時代の変化に立ち向かうべく魂が人としておろされたのでしょう。

そうかと思えば産んでおいても満足に育てられず、虐待や不幸にも親の手で命を絶たれるお子さんもいます。

それくらいなら本当に望まれる方がお子さんを育てることは理想的ではあります。

けれども実子の定義がまだ不透明であるのと、日本の社会全体がまだどうして受け止めていけばよいのかも模索中でもあると思います。

多民族国家でないことも要因ですが、日本の精神意識は天皇制をはじめとして、お子さんの出生という神聖なることに対して、ただ物理的な決断をすぐに追うということではなく、神聖なる精神的要因もよく考慮されていかなければならないと感じます。

また簡単に片付けられない問題として代理母ご本人の問題もあります。

すべての代理母が本当に割り切って生むことが出来るかということと、その後の精神的なケアが問題でもあるような気がします。

科学で可能になってきた限り、止めるようなことはできませんが、日本は特に社会的、精神的な意識の向上がともなっていかなければならない国でもありますから、このような議論を幾度も繰り返して進みながら結論をもたらされていくべきだと思います。

繰り返しの議論のためにも代理母の前例がつくられて行くことにはなりますが、少子化で悩みながらも結論が出し切れない問題と・・・・・。

ただどのような状況でも、魂が霊体を通してこの世に人として生まれてくることに関しては平等であることは確かです。すべての経験をとおしてしあわせをえるために。


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# by dimension-shin | 2007-04-14 22:08 | 矛盾 | Comments(0)

凶悪犯と死刑と

犯罪は増加しています。
より豊かになってきたはすが、小学生が仲間と安易に万引きをしてしまう。

お小遣いも充分貰っていても、欲しいものは買わず盗む、スリルもある。テレビで見ていると、保護者に電話しただけで、「万引きをしたのですか?」とすぐに聞いていた保護者もいました。

またですか?という意味らしい。

大人でも万引きはあるが、クセのようになっている人もある、タバコやお酒感覚になっているのでしょう。健康をそこなわないと思っていたら大間違いです。

悪いことと知ってやっているわけですから、自身の心を傷つけ、霊的にバランスを欠き、魂の成長を押さえつけていることになります。

続ければ続けるほど自分を痛めつけているようなものです。

前述のタバコやお酒と同様に、ご自分の魂をきずつけることがないように、やめるかやめないかしかないのです。自身の意思決定次第でもあります。

ご自身のための決断です。

凶悪犯罪者の死刑執行もありましたが、賛否両論あるのですが、被害者のご家族としては憎んでも憎みきれない思いでいらっしゃることでしょう。

反面凶悪犯罪をおこすような人間は、自身の心を無くしてしまった結果でもあります。発する言動も命令されたような言い方をしていた者もいます。冷たくなった心では自身が何をしているのか判断が出来ていない、とり憑かれているような状態です。

彼等が嫌うのは、愛情のような温かさが一番苦しむことでもあります。心のしあわせが苦手です。

そのような犯罪者に毎日、神や仏や精神世界を説いて愛情を傾けてあげたとしたら一番の苦しみの刑ともなるでしょう。被害者の方や残されたご家族の方々に一言心から申し訳ありませんでしたと本当は言わせたい。

けれども犯罪者増加で施設不足ではどうしようもありません。

凶悪犯も亡くなれば肉体は終わりますが、それに同調していた意識はまた同調できる存在を模索することにもなります。

犠牲者を出さないためにも、犯人をも生み出さないためにも決して物理的では手に入れることのできない、心深く、霊性と魂がゆらぐことのない愛でしあわせのつながりを深くしていかれなければならないのです。


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# by dimension-shin | 2007-04-14 16:48 | 矛盾 | Comments(0)