霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

車に乗っている夢


車を運転して走っている夢をみたときには、どこを走っているのという事も意味をもちますが、普通の道路もしくは高速道路を順調に車が走り快適な運転ができているのであれば、人生の進むべき道が正しいことをあらわしています。夢の中ですから、車の速さは現実的に走る速度とはまったく異なり、「とても遅かったり、逆にものすごい速さで進んでいる」こともあります。


スピードが速すぎる場合に、ハンドルを握るあなたと「車と速度のバランスがとれていなかったり、速すぎて怖い」と感じたとしたら、それはあなた自身が現実的な生活面においてのあせりや、急ぎすぎることへの注意をうながしていることになります。

ある方がみた夢は、「車に乗っていて、本人は助手席に座り運転席では違う人が運転していて、楽しく乗っていたら目の前の小さな木にぶつかって、池の中に車ごと落ちてしまって腹をたてている夢」をみた人がいました。


落ちた車は何人かの手助けにより、池から上げられましたが、汚れていたのです。


この夢の中での出来事は、「車は自分自身をあらわしています」。自分の人生のハンドルは自分が握って運転してかなければなりませんから、人任せにハンドルを預けていてはいけないということでもあります。

この夢をみた人も思い当たることがあり、仕事も家庭もつい誰かがやればいいんだと、人に押しつけていた傾向があったようです。


腹が立っていたのは自分自身への注意です! 車を池から出してくれた何人かの人は、霊的な守護を教えています。


今回お話している車は自分自身をあらわしていますが、車がガイド役であったりするケースもあります。ゆめは精神的なしあわせへのメッセージでもありますから注意深く受け止めてみてください。



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 加藤真澄
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# by dimension-shin | 2007-05-09 11:01 | 夢・ゆめ | Comments(2)
お風呂に入っているゆめをみた方もとても多いのではないでしょうか?

浴室に入り気持ちよくお風呂に入っている夢は霊的な浄化を伝えています。ご自分が一つの問題の解決に導かれていることの動きでもあります。


浴室の扉は開けたものの、まだお風呂に入りたくないというような夢をみたとしたら、いま抱えている問題の解決までにいま少し時間がかかることをメッセージされている事になりますが、それはご自身が必ず乗り越えて解決されていく意味と、人生の学びの大きなポイントでもある事をあらわされています。


トイレに入っている状態は実際の現象と同じような意味を持っていて、もうすでに不必要になったものを外に出していくような場所ですから、内的な汚れが落とされていくことをあらわします。


ある方が、人間関係で問題を抱えて長いこと悩まれていました。いつも暗いところにいる夢ばかりみていたそうですが、霊的な方向での解決とご自分の考え方を切りかえていくことで悩みが解決されていく段階で、このトイレの夢をみたケースもあります。


また、もしもこのトイレで一生懸命頑張っても用を足すことができない夢だったとしたら、現実の生活面において力を抜いていくことが大切だというヒントでもあります。


霊的と言っても自身の霊体というみえない体を持っていますから、霊体にとってお風呂は表面的な清めであり、トイレは内的な清めでもあります。肉体と霊体は常に一体としてつながり支えてくれる存在です。

霊体を美しく整え直してしあわせひとつ。



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# by dimension-shin | 2007-05-08 11:53 | 夢・ゆめ | Comments(0)
建物は自分が置かれている状況を示していることが多いです。

大きく広いビルや建物の中を一人でさまよい、いくつかある扉をあけて、また違う広い部屋に移動している夢なら、広いビルや建物の中の広すぎる部屋は将来への可能性を示唆しています。


ビルや建物は自身の目指すものの大きさをあらわしています。

けれども広すぎて淋しすぎる感じが強すぎるようなら、現在のご自分が将来に向けて、蓄えていくための努力をしていかなければならないことを伝えているのです。


この場合の淋しさは、建物全体を把握していくためには、人として現実的には時間をかけて進んでいかなければなりません。霊的なご自分はすでに建物の中にいて将来の自分を見据えているのです。

また、逆に普通の家や建物に自然に住んでいるような夢なら、いまのご自身の安定感をあらわしています。

狭くて息苦しいような部屋に居る夢や、閉じ込められているようなゆめは、いま悩みの中にいる状態のときです、霊的な自分も苦しんでいることになりますから自分をこれ以上苦しめる事から解放されていかなければなりません。


けれど現実的にすぐには変えることは少し難しいときには、その悩みの感覚だけで世の中を見ないように、心に閉じこもらないよう、自分にとって好きなものをみること、出会うことは心のケアとしあわせには重要です。


花を見る・旅行や景色を見る・映画・コンサート・自然の音など、それぞれ感性は違いますが、できるかぎりその場に出かけて直接出会うことが、感動につながります。感動は心に響き霊的な自分を癒してくれます。夢は身近なご自分の霊的なつながりを示しています。



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               加藤眞澄
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# by dimension-shin | 2007-05-07 11:57 | 夢・ゆめ | Comments(0)

飛んでいる夢


夢で自分が飛行機のように飛んでいる夢をみたことはありませんか?

空を高く飛んでいたり、軽く地球の外へまで飛んでいくような勢いでみられていたり、飛んではいるけれど地上にすれすれで少し浮いて飛んでいるような夢などなど。

どれもが自身の霊体が経験していることなのです。

夢はご自分の霊体と人間的な体を結んでくれるものでもあります。


空高く霊体である自分が飛んでいるのは大きく成長していくときによくみられます。成長は意識の中の成長ですが、開放感のある軽々と飛んでいる状態を夢でみたあとは、特にスピリチュアルな感性が研ぎ澄まされてきているときですから、仕事面や生活面においてもステップアップしていく時期でもあります。

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また地面すれすれに飛んでいるとか、地に擦りそうだけれどちょっと浮いて飛んでいるような夢をみるときは、人間的に大変な悩みとか問題を抱えているような場合です。


飛んでいても重い進むのがとても遅い感じです。とても軽々とは言える状態ではないと思います。

それでも飛んでいるというのは、困難な時期でもありますが、あなたご゙自身が解決に向けて前進しているという意味をもたらしています。


重いけれど抱えて進んでいるのです。霊的なあなたは進んでいるということは、必ず解決されて乗り越えて行くことが出来ることをあらわしているのです。

重いからといって悪い夢ではありません。

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# by dimension-shin | 2007-05-06 11:45 | 夢・ゆめ | Comments(3)

地縛霊

地縛霊といわれるのは、ある場所からほとんど移動することなくその場に居つづける霊をいいます。

亡くなったあとも心残りが多すぎてその場から意識が離れられなくなるのです。

「生まれ育って暮らした家が好きで離れたくないという気持ちがあったとして、しばらくはそこから離れたくないという感覚」だと思うとわかりやすいと思います。

ここまでなら地縛霊といってもいずれ自然に浄化されていくことのほうが多いのです。

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ですが、「欲や思いの強すぎる地縛霊がいる」ようなところでは、人がその場所に近づいたり、もしくは住まうようなことになったときに、新たに住み始めた住人を邪魔者扱いにするように現象を引き起こしてくるケースもあります。


お化けの姿でも出てはっきりわかれば理解しやすいですが(実際にそのようなこともありますが)、そういうことだけではないことのほうが多いです。

住み始めてから家族の関係が徐々に悪くなったり、トラブルが続いたり、精神的にバランスが崩れてしまうこともあります。


霊の仕業でもありますが、彼ら(霊)は意識で存在しているために、人の意識に徐々に影響を及ぼしてくるのです。不幸の連鎖を引き起こして楽しんでいる霊もいます。


まず負けないためには、過去のことや人も自分も責めたりしないことが大切です。



              加藤ますみ      
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# by dimension-shin | 2007-05-04 13:20 | 霊現象 | Comments(0)

自分が死ぬ夢

夢は身近に捉えることのできる霊界でもあるのです。

霊界というと違和感があるようなら、「自身が世の中に生まれてくる前にいた世界」と考えてください。

その世界からつながっている夢にはいくつかの種類があります。

現実的に悩んでいることを夢の中に投影してみた夢は、あきらかに人として現実的な世界に近い位置で想像力の進行形のように見ているだけです。


その中でも注意深く夢の状況を思い出してみると、例えば「自分が友人達と上手く付き合えないことを夢で見た」ときにも、友人達はとても楽しそうに話しているが、自分は近くにいるのに、部屋の窓からそれを見ているような夢だとしたら、それはあなた自身に窓を開けるように指摘しているか、ドアをあけて外に出て友人達の方に自分から近づいていくことを示しているのです。

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 正夢は文字どおりに、見た夢と同じことが本当に起こります。いち早くメッセージを夢の中で捉えたということです。


夢をみているときには潜在意識も働きますが、起きているときよりは雑念が少ない状態ですから、捉える純度が高いのです。
 
前置きが長くなりましたが、「自分が死ぬ夢」をみたのではあまり気分の良いことではないですよね。けれども意外と逆なんです。


夢は常に現実世界と霊的世界のパイプ役です。自分の死ぬ夢というのは、霊的な自分自身の不必要な部分が清められていくことの意味をもたらします。


お風呂に入って体を洗うと、いらなくなったアカが落ちていくようなものなのです。

 詳細は個人のケースによって違いますが、このような夢をみると不安にもなりますよね。

注意深く夢を捉えていくとご自分のサポート役でもあることに気がついていくはずです。

夢は次のしあわせを示唆してくれる、サポート役でもあります




                加藤ますみ
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# by dimension-shin | 2007-05-04 09:44 | 夢・ゆめ | Comments(0)

事件と霊性

昨日も人質立てこもり事件が発生しました。ここのところ多いですけれど、人を楯にしないと自己主張ができないのか、と思う。

といってもこの容疑者もなぜそうしたのか?

世の中に訴えたい不平不満があってのことか? それさえも訴えることなく、

周囲を騒がせ、解決も早く幸いにも犠牲者は出なかった。

捕まってみると容疑者は、税務署職員でとてもそんなことをできる人ではないらしい。

ですが現実は事件を引き起こした犯人で、ここしばらくは悩みを持っていたようです。


このような行動を霊的に視ると、真面目で仕事はやりこなせるしそういう面では問題はさほどないですが、環境の変化や、新たに出会う人達に対して緊張感が強くて上手く自分を出せなくなるのではないかと思います。
昨年からこの人は勤務場所がやはり変わっていたようです。

結果、バランスが崩れ易くマイナス思考に向かい続けてしまうと自分以外の霊的な意識にとり憑かれ操られてしまうことになり、そのときに自身の思考が働かなくなるような状態です。

誰でも好きではない仕事に関わることもあるかも知れません。気の合わない人にも出会います。けれども自分の心を無くすほど弱くないことに気付いていくことが大切です。

心と霊性を守るためにも・・・・・・・・。


マイナスな気持ちになったときプラス意識が心で働きかけてくれることを忘れずに、どんなこともマイナスはプラスのしあわせを運んでくれます。




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# by dimension-shin | 2007-05-02 10:16 | 霊的な日常 | Comments(0)

スピリチュアルなこと

私自身は神も霊も信じていますし、そういう仕事にたずさわっているわけですが、だから信じるべきだと押しつけるつもりはありません。


神を受け入れることは、究極自分という存在を信じていく方向にたどり着くための方法でもあるのだと思っているからです。

人生に与えられた運命や日ごとの積み重ねに起こる問題に対して試行錯誤しながら、自分を信じ、まっとうしていくことが素直にできるのであれば神仏は必要ないかも知れません。


日々次から次へと自身の行くべき方向を見つけ出して、嬉々として人生を進まれる方もいます。
神や霊など信じない方もいます。

信じないと言い切れるほどご自分を信じていることになるのですからこれも答えとして正しいのです。

けれども、「人は気持ちが揺らいでしまうことも、落ち込んでしまったり」 そのようなときには、対象物としての神仏が心の居場所を取り戻させてくれることもあります。


私自身のことになりますが、子供の頃から神社やお寺が好きでしたし

、成人してからも事あるごとにお参りにいきましたが、

正直に言いますとお願いをしてみたり、

ときには「願っても叶わないじゃないか」と思ったり、

自分にとって良いことが叶えばやはり神はいるんだと考えたり、

叶わないと、うらみごとになったり、神はいないんだ!

 とか神仏に対し様々に感情をぶつけてきたこともあります。

そして願えば願うほど、それが叶ったとしても叶わなかったとしても、神という存在が心から離れていくような感覚を受けるようになりました。



信じれば信じるほど離れてしまう、おそらく自分を置き去りにして神にすがりついて信じることを由として、委ねすぎたのだと感じました。

そういう時期もありましたが神も霊もいるというよりも、あって当然の宇宙の世界に組みまれているのです。

神仏霊として思考することを嫌う方もいます。

人の文化は科学には目を向けることよりも、原始宗教のように精神的なことに、着手されてきました。

何より大事なことが優先されたためだと思います。

精神世界を形に表すことは難しく、ともすると現在では信仰に偏りすぎてしまうことも良くないと思われています。
本当の意味で信仰というのは「自分に笑顔をむけられて人に笑顔を向けられる、よき意味で自分信仰を内面に見出すしあわせ」が精神世界そのものであるのではないでしょうか。



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                加藤ますみ
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# by dimension-shin | 2007-05-01 14:28 | 精神世界 | Comments(0)

どうぶつ

野生の動物が地震の前に大移動したり、異様な鳴き声をあげたりすることもあるようですが、ある種の周波数の異変を察知しているらしいのですが、自然界では敏感に異変をキャッチしてすばやく動くことのできる能力をもっています。

野生のではないですが、ペットとして飼われている犬猫小鳥等ももちろん同じ能力はあると思います。野性ほど研ぎ澄まされてはいないかもしれませんが、あきらかに人が聴こえない波長を感じ取っているようです。


人間と違ってかけ引きや思惑のない、より純粋な心を持っていますから、純粋にとらえることができるのかもしれません。

ペットの犬や猫が、部屋である一点を見つめて見定めているときもあるという話もよく聞きます。異様なものに対しては鳴き声をあげることもあります。

ペットはとても敏感な心で、飼い主さんを愛しています。ときに飼い主さんより先に危険を察知していますから、身代わりになることも本当にありえます。

けれど動物には「うらむ」ということは存在しません。

ただし、故意に動物を傷つけるような場合には、動物が持つ「鏡のような純粋な心」がありますからその心の放つ光によっていずれ身にふり返ってくることになります。

生きるもの同士すべてが共存されていくことが精神世界です。

共有されていかれないとしあわせは訪れてくれません。

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# by dimension-shin | 2007-04-29 20:49 | 霊的な日常 | Comments(0)
「霊はいるのかわからない」「わからないけれど知りたい!」「視えないから信じられない!」「でもお化けの話は怖い!」 怖いという感覚とか感情が出ているということ事態が、すでに心の奥底でその存在(霊的な)を知っていることの答えなのではないでしょうか。


人は経験したことに対しては、回避しようとか気をつけようとか、怖いとかを自然に防御しようとするからです。

例えば、歩いていて自転車が急に曲がってきてぶつかりそうになったときに、次に同じ場所を歩くときには「ここは危険だから注意をしよう!」というように記憶に残り、自然に回避しようと心がけるものです。

意識の世界においても同じで自然に心が動かされてくるのです。

人として目で見えて、手にとって感じることのできない不安はあると思いますが、「霊という存在がいるのかどうかを知りたい」というように心が動かされてくるのです。

仮に「霊も何もあるわけがないから、知りたいと思うこともやめたほうが良いですよ」 と言われたらどうでしょう。それこそ考え思うことが断ち切られてしまいます。

やはりそうなのかと思う方も、いいやそんなことはないと考えが新たになる方といるでしょう。まさに感性の世界で精神世界は人間界に根付いてきています。


先ほど言いましたが、ご自分の心の奥底で知っているから受け入れたいと感じられるのです。屁理屈にもなりかねませんが、本来人は人間になって生まれてくるには母親がいて父親がいます。

その前はどこにいて自分という姿にを形成しようと働きかけたかを、想像してみてください。少なくとも形ではなかったということは理解できるのではないでしょうか。

分子とか原子の存在ですよね。みな同じく4次元の中で意識が漂いながら生まれてくるための準備をしてきたのです。

いまは3次元で生きて物事を判断している世界ですからとらえにくくなっているのは確かですが唯一自身の霊的な存在に意識が向けられるのは、「心の感受性」です。

心とか、考えることは人には脳があるから脳がすべてを司っているのだから、心なんて脳の一部なのだ。悲しくて泣くのも笑うのも感動することもすべて脳が動いているから成り立つんだと思う方もいるかもしれません。

確かに脳という存在は3次元に生かされるためのシステムとしては大変重要な機能で多くを司ってくれるのだと思います。それを創りたもうたのは、ただ単なる進化だけではないはずです。


話が前後してしまいましたが、ご自分の霊的な自由な霊性は心の奥に存在しています。考えずに感じることも大切です。

霊は、霊体そのものは私達すべてに備わっています。一番身近なのは心であり意識なのです。  
         
何ごとにも一生懸命にやってみたがこれ以上考えられない、もうできることはやり尽くしたと、すべて詰め込んで考える事を離れてボーっとしたときに、よい名案や発想が生まれてくることもあります。自分の内的な世界からのしあわせなインスピレーションも逃さないように。

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# by dimension-shin | 2007-04-29 19:55 | 精神世界 | Comments(0)