霊能者 スピリチュアルカウンセラー加藤眞澄のブログ

by dimension-shin

ちょっとしたこと

今日、自転車に乗ってT字路を右折しようとしたときに、

同方向から来た車が左折するようなので、

ほぼ同時に私の乗った自転車と車が止まり

、きわめて双方が安全な位置で止まり、

互いにゆずりあったような感じで車の運転席の男性と窓越しに、笑ってしまった。

相互が一時停止して当たり前ですが、先にいくドライバーの方が会釈していかれた。

道路事情で込み合っていなかったこともありますが、

ほんとにちょっとしたことが心地よいゆとりと小さな幸せ感を運んでくれることもありますよね。


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# by dimension-shin | 2007-07-24 15:51 | Comments(0)

どうしようもないこと

スピリチュアルな世界の仕事をしていることは親戚も知っています。

親戚や知人とのお付き合いの仲で、「仕事どう?忙しい?」という会話くらいはしますが、深い話はあまりしませんし、どなたでもそうかもしれませんが、仕事以外で知人と楽しい時間を作るために会うことはしても、あまり仕事に関わることを持ち出したくないことでもあります。


以前ある知り合いの一人に、「人を助ける仕事だから、本当に親戚や知人の誰かが霊的に問題があったら助けてあげられるでしょ?」と聞かれたときに考えてしまったことがありました。

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通常、知人とのお付き合いの中では霊的には何も言うこともありませんし、よほど聞かれない限り口をはさむ必要はないと思っています。


ただあきらかに霊的なことが強く、言動にも問題を感じたときには伝えて行くことはします。

ただ難しいと感じるのは、スピリチュアルな仕事をしているから言うことを聞きなさいと押さえつけても仕方ないという部分です。

無理強いしてもどうしようもないこともあります。

本当に霊的なことを感じ伝えたときに相手の人がはっきりと何とかして欲しいと思って、依頼されなければ踏み込んではいけない部分があるからです。

いつもは言いませんが、今回は霊的にも考えてもいいのではないかと感じていることくらいは話すことにしています。


仮に無理に話したところで、「能力者の知人が何か憑いているものを祓ってくれたらしい自分はどうでもよかったのだけれど」と思われたら意味がなくなってしまうのです。

本当のことをいいますと、実際にそのようなことが過去にありました。たとえ親戚やj知人でも受け入れられない状態にあるときには不可能でもあります。


霊的な現象と言うのは人の感情や感覚をとおして入りこんでもきますから、精神的に物質先行が激しすぎるときにはどうしようもないこともあります。


ご相談に来られる方は一生懸命に精神的にも霊的にもゆだねてこられますから話を受け入れて聞いてくれます。




たとえ知人でも、人と霊と精神性が認められなければご相談は成り立たないのではないかと思っています。無理強いすることはお互いにしあわせではありませんから・・・・・。       

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# by dimension-shin | 2007-07-21 10:48 | 精神世界 | Comments(0)
それだけ・・・・・・・・・(笑)

普段はそれ程寝つきがよいほうではないのですが、新幹線は心地よく眠りにつけるのです。

30分か1時間がせいぜいですが、心地よいお昼寝感がいいですね~。

友人に言わせると「車内販売は来るし、音がうるさいし、揺れるし、前後、左か右に人がいるのに絶対眠れない!」とのこと。

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私自身も普段はうるさいところは苦手で短時間でも眠れるタイプではないですが、電車の揺れは心地よく、特に新幹線の揺れが好き! これは人それぞれですよね。

目的地まで本を読んでいくことにしようと、

固く心に決めて読んでいても揺れる感じがゆりかご現象のように、

アルファ波が存分に居眠りの世界に導いてくれる感が楽しいのでした。


ゆりかご効果?





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# by dimension-shin | 2007-07-21 10:33 | Comments(0)

遺品や形見

ご家族や身内の方を亡くされた後に、衣服や遺品を片付けなければなりません。

しかし思い出もあるし、また亡くなった方に申し訳ないような思いなどで迷ってしまいます。


家が広くいましばらく置けるのならよいですが、誰にも使われないままに長く保存されることは難しいかもしれません。

形見として大切なものはもちろん何点か残されて置かれることは当然のことですが、処分を考えて、例えば衣服や着物を袋に詰め込んで、捨てるのは申し訳ないようなやりきれない思いでまたとり出してみたり、「でもこの先このままとっておくことはできない・・・・・・・」。

処分する物との別れが早いのかもしれません。


あと一ヶ月考えてもよいかもしれない。微妙なことです。

どうしても処分で悩まれるときには袋に入れたときに、お香かお線香を1、2本入れて処分していかれることです。

亡くなられた方への供養と大切に使われた品物に思いを込めて。

単に、物として考えられるのならよいですが、すんなりと処分できずに悩む方もいらっしゃるのではないでしょうか。

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# by dimension-shin | 2007-07-17 17:51 | 霊的な日常 | Comments(0)

ストレス解消

まず食べることを考えてしまうことはありますよね。

行き詰っても食べる
悩んでも食べる
つらいと余計に食べる

それは過食の要素を含んでいるかもしれないですが、気持ちの拠り所が見つからないときや、どうにもコントロールできないときにひたすら食べることに逃げこむことになるケースもあります。

「お酒に」ではなく「食に」逃げる。抱えている問題が解決してもやめられない人もいますよね。

特に女性は食べることが大好きですから、気持ちの置き場が不安定なときには過食気味になりがちです。その反対側には対極に拒食が存在していたり・・・・・・・。

多少のことなら誰にでも身に覚えのあることと思いますが、常に反動で過食拒食を繰り返して苦しんでいる状態の人もいます。

治療を続けて受けている人もおられるでしょう。

霊的に何か憑いている!と言えばそれもあるかもしれません。

けれどもそれが憑いているから、とってとれたら直りますかと?いうのは問題が違います。とれたとしても食べる気持ちが自分でコントロールしていく気力がなければまた繰り返してしまいます。

「人まかせ霊まかせだけではいけない」のです。

自分を好きになって、しあわせにしてあげようとして行かなければ根本解決に至らないことが多くあります。
ご自分の置かれた状態、運命そのものを受け入れて、人と比較しすぎてご自分の行くべき方向を見失っていかないようにしないとストレスばかりをためこんでしまいます。
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# by dimension-shin | 2007-07-17 17:45 | 矛盾 | Comments(0)

無償の条件

自分がここまで人のために動いてあげているのに、まったくわかってくれない。

思ってあげているのに大してお礼も言われない。

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思うこと動くことは無償の配慮だと思います。

ただこれが、「思ってあげて、とか動いてあげているのに」、となると押しつけになってしまうのではないでしょうか。

その上、思ってあげて動いてあげているのに、まったく面白くないとなる可能性もあります。

友人でも、恋人同士でも、ご夫婦の間でも、それは人の満足度がそれぞれに違いがあるから仕方がないこともあります。

こう言えば、こう答えてくれるとこちら側ではそう思っても、相手は違う方向に考えていることもあります。

そのときに「黙り込むことよりも軌道修正してくれるのは、よく話し合う」大切さではないでしょうか。

感性は違います。話すリズムも違います。とくに身近な大切な人とはよく話し合っていくべきです。

話さずに我慢して独りでにストーリーが出来上がってすれ違って、しあわせが逃げていかないように・・・・・。



加藤ますみ
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# by dimension-shin | 2007-07-10 09:57 | 霊的な日常 | Comments(0)

変化

親が子を死に至らしめたり、子が親を死に至らしめたり、誰でもいいから傷つけたいという身勝手な事件があったり、日本を代表する国民の代弁者でもある重要な立場である人が不用意な発言をしたり、弱い立場の人を虐待したり、地位も名誉もプライドも捨てて痴漢行為に及んだり、あきれるような悪いことが続いて巻き起こっています。

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悪いことに対してわかっているにもかかわらず、自分を抗しきれずに一瞬流されてしまう状態でもあると思います。もちろん一部が大きな問題になっているだけでもありますが、社会でもあらゆる事件や事故が起こってきている現状で、精神世界もまた変化されてこなければ、人としての生きる意味が希薄になってしまうのではないでしょうか。


人はまず「魂という世界から動かされ、霊体を得て、物質的な肉体」をもたらされています。広大な宇宙の一部に位置し存続されていくためには、ものすごい努力と生きるための意味を見失っては成り立っていかないことになってしまいます。


宇宙の意味することは精神的な進化が重要なことでもありますから、精神的要素を見失ってしまうと宇宙の法則からいえば人の存続は不必要にもなってしまいます。


そうならないためにも、物質的中心になりかかっている時代に純粋でやさしい人ほど、いまの自分の心の置き所ともいうべきところがないことに悩んでいる人は多いです。


ご自分が悪いと思ってしまう。社会に合わせようとすればするほど苦しいことになる人もいます。


目には見える部分ではありえないような事件や事故がまだ起こります。目でみることができない心の世界でも変化は起こり始めています。短所も出てくる時代、必ず長所も出てきています。



自身の心を大切に守っていかれることが良い変化を見出していかれることにもつながるのではないでしょうか。


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# by dimension-shin | 2007-07-03 11:52 | 精神世界 | Comments(0)

子供さんを愛すること

子供さんを育てていながら、どのように接したらよいのかわかない、愛し方がよくわからない、もしかして子供のことがきらいなのかもしれないとか考えてしまったり、余りにも子供さん主体の生活に偏りすぎてしまうこともあるようです。

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霊的なご相談をしている中で、ご自身を好きになれないという親御さんが多いように思われます。「ご自分の輝きに気付いていない」にすぎないのですが・・・・・・・。

ご自分の子供さんに対して、どのような態度をとっていくべきかと悩まれてこられる方もいます。

「子供さんを愛していないのではなくて親御さんのほうが自分自身を大切に愛していない」こともあるのです。

自分を犠牲にして人のために何かをしてあげるということは良いことかもしれませんが、他人に対しても、もちろんご自分の子供さんに対しても、まずは自身を愛する気持ちがなくては、心から子供さんを支えてあげることは難しいのではないでしょうか。


子供さんに対してもただ抱きしめてあげることは、それ自体は温もりが伝わるでしょうが、親御さん側がご自身を好きでいられる心が子供さんには一番伝わっていくのではないでしょうか。

不安な思いは子供さんは敏感に察知してしまうでしょう。

人は成長するにしたがって多くの人生の難門にぶつかっていきますし沢山、たくさん傷ついていきながら成長をしていきます。傷つくことをおそれては人生を歩めないですから多少は仕方ありません。

子供さんもいずれは社会に出られるでしょうし、悩み傷つくことも少なからずあるでしょうが親御さんが自信をもって、つつみ込み心からの愛情と慈しみを充分に与えてあげることが大事なことです。

その暖かな愛情を受けて成長したならば上手に人生の波に対処ができるはずです。

特に今後の社会においてはとてもメンタル面での成長が重要視されてくる時代になってくることでしょう。

親子は育てながら育つことでもありますが、よき親としてご自分を大切に愛していかれることが先決ではないでしょうか。

愛をはきちがえて、あまりに他人を無視しての自己中心でも困りますが・・・・・・。

そして愛情は何かを買い与えることではありません。何かを買えるお金を渡すことでもありません。

親が忙しくてもきちんと子供さんの心の状態を見守っていることが大事です。

ゆったり広い空を見上げて、しばし瞑想、内面を大切にする、ほんの少しのゆとり時間はいかがでしょうか。

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# by dimension-shin | 2007-07-01 11:12 | 霊的な日常 | Comments(0)
人はツイているのに、自分は何故にツイていないのか?

世の中は等分に公平にできているのではないのか?
などは常に悩まされる問題でもあるのではないでしょうか。

この人生(現世)一つだけを見まわして考えると、明らかに人との違いというのはあきらかです。

人と、もし同じだとしても愚痴をいう人はいるかも知れません。

人の人生は過去世を含めて考えていきますと等分にはできているかもしれません。

けれども望んで与えられて生まれてきた人生の中で、どのように考えどのように生きて行動していくかは千差万別です。

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例えば人生の中で乗り越えていくべきことが、25メートルプールであるとするなら、歩けば前に進みます、泳げば当然もっと早くたどりつくことができます。

立ち止まって他の人と比べてばかりいては何も変わりませんし、むしろ先に行く人たちの波に揺られてしまうことになります。

振り返ってばかりいると前にはなかなか進めなくなります。

人生に組み込まれたテーマはそれぞれの人で違います。

人よりも重い人生を背負っている場合もあります。

重さがある人生に対し自分はツイていないと思いがちですが、ご自分の持つ精神的な力と奥底の霊的な包容力を感じられることが大切なことではないでしょうか。


これほど苦しくて、ツイてない人生でも、ここまで進んでくることができているのですから、幸運なのです。支えてくれる人たちや霊的な守りも加わっているのですから・・・・・・・。




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# by dimension-shin | 2007-06-29 10:59 | 霊的な日常 | Comments(0)

人生の景色


人生で出会う人や、起こる事がらを景色にたとえるなら、人生という道を進んでいく途中にはさまざまな景色と出合っていくことになります。

つらい、悲しい、怖い、悩み、不安、楽しい、希望、目標etc・・・・・・。
楽しく出会っている景色なら違和感はないでしょうが、苦しくつらい景色なら早く行過ぎてくれないかと思うのは当然のことです。

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楽しい仲間と共有していく人生という景色なら豊な時間でもあるのですが、立ち止まりすぎてしまうこともあります。

霊的な問題で過去世や因縁が絡んでいる場合もありますが、気持ち次第で受け取り方も違ってきます。

人のせいにおしつけて考えてもいけない

自分を責めすぎてもいけない

良くも悪くも、ご自分の人生の出合いに組み込まれた人生の景色なのです。

良い事と悪い事をあげるのなら、悪い事がいつまでも忘れられないことが多いものです。

ご相談にこられる方で、いままでこんな人生を送るのではなかったと言われる方もいますが、いままでにたくさんの人生の景色を通り過ぎて見てきた(体験してきた)からこそ良い判断ができるようになるのですから、心の中が幸せの方向に進んでいくのではないでしょうか?

     不幸を知るからこそ、幸せを知っていくことができるはずです。
より良い人生の景色を見ていくためにも・・・・・・。

同じ景色を見るにしても、心の明るさが違うと見かたもかわるのではないでしょうか。





加藤眞澄
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# by dimension-shin | 2007-06-27 10:30 | 霊的な日常 | Comments(0)